マリオネット
(しまったッ! 門に追い込む前に術を発動させられたら……封印帯の外に被害が及んでしまう……!)
こうなったらもう、この場で斬りかかるしかない。
私は大剣を構え、愚者火の少女の前へと躍り出た。
「させるか……ッ!」
突然目の前に現れた私に、少女は目を見張る----が、子猫のように素早いジャンプで躱して見せた。
「おバカさん! 今更そんなモノ振り回したって、私達を止める事はできないんだから!」
「……ッ!」
項の産毛が、チリチリと逆立つ。
指先に、微かな電流が走る。
(この感じ……遺跡全体の空気が電気が変化している……!?)
振り上げようとした剣が、途中で止まった。
「……え?」
瞬きしたまま、私は硬直していた。
(……動けない!?)
意識はある。
周囲の音も聞こえている。
目の前の少女の上下する胸元も、腐りかけた人面のランタンの奥で揺らぐ炎も----私の五感は全てを明瞭に捉えているはずなのに、私の身体はピクリとも動かなくなっていた。
(これも愚者火の能力なの……!?)
ランタンの炎をこれ以上見詰めてはいけない。
頭の奥ではそう思っているのに、身体が勝手に引き寄せられそうになる。
ランタンの炎が、揺れている。
腕が下がり、知らず知らずのうちに、少女に向かって脚が一歩を踏み出す。
私を護っていてくれた門から、離れてしまう。
(何これ……!? 完全にあっちのペースに引き込まれてしまってるじゃないの……!)
そう思っているのに、私はランタンから目を逸らす事ができないままだ。
(こんなの、まやかしだって分かってるのに……なのに、あの炎に触れたくなる……!)
夢遊病者のようにふらふらと歩く私を、まるで慈母のような笑みで迎えて、少女は勝利を確信したのか高らかに笑った。
「あはははッ、今の貴女、すごくいい表情してるわよ!」
辱めの言葉を投げつけられても、眉一つ寄せる事もできない。
今の私は、完全に少女の操り人形だった。
「今こそ私達姉妹の力を見せ付けてやるわ……貴女にも、法王庁にもね……!」
勝ち誇った声が遺跡に木霊する。
「あぁ……この瞬間をずっと待ってた……! 私達の火は……今宵一つとなり、偽りの聖都を浄化するの……!」
ランタンの表面に指先で恐らくは護符であろう文様を走り書きし、少女は天に向かって真っすぐに手を差し伸べた。
「さぁ、業火よ! 天よりこの地に降り注げ……ッ!」
力のない目で、私は少女のその指先と、抱えられたランタンを見る。
ぼんやりと蒼い光に包まれた少女を見る----。
「……え? どうして……?」
だが、聞こえて来たのは少女の戸惑ったような呟きだった。
「……ッ、嘘よ……そんな……だって……」
ランタンを胸元に抱え込み、何度も何度も何かを確かめるかのように擦り、擦る。
ぶつぶつと呟きながら、指先で何度も護符を書き込む。
それでも、何も起こらないままだった。
「なんで……? どうしてなの……ッ……!?」
何が起こったのか分からないまま、私は少女の悲嘆を見詰めるしかない。
「どうして……?」
いや、嘘だ。
何が起こったのかは、もう私には分かっていた。
「どうして……どうして私達がこんな目に遭わなきゃいけないの!?」
悲鳴のような叫びが、私の胸を深く貫く。
「……どうして、私達はどんなに望んでも『人間』になれないの……!?」
少女は、蒼い光を冷たいドレスのように身に纏って立っていた。
「どうして……」
蒼炎の魔女の目が、ひたと私を見据えた。
「……今、あの子が、死んだわ」
あらん限りの怒りと憎しみを込めた瞳からゆっくりと涙が零れるのを、私はただ見ているしかない。




