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八つの門

『どうだ、当たりか?』


 突然アンソニーの声が割り込んで来て、私は眉根を寄せた。

 念話なので、当然愚者火の少女には何も聞こえていない。


『多分、当たりだけど……って、貴方、どこから割り込んで来てるのよ?』

『静かにしろ……私は今ニュージーランドの教会でミサをしている』


 平然とした答えが返って来る。


『それはお仕事熱心ですこと』


 ゴムのボールのようにぴょんぴょんと跳ねながら追いかけて来る少女を気にしながら、私は眉根を更に寄せる。


『これから一週間はオセアニア歴訪だが、私がいないから羽を伸ばせると思ったら大間違いだぞ?』

『いやいや羽を伸ばすどころか今もこうして他の魔女に食べられそうな勢いなんですけど……ま、法王様も信頼してくれている信者達を裏切らないようにね』


 新法王が世界各地を精力的に回り、信徒達からの絶大な支持を集めているとは聞いたが、大事なミサの最中に地球の裏側の魔女と念話しているなどと知れたら、どんな騒ぎになるのだろう。

 いや、別にどうでもいいんだけど。


『それで、私の状況は分かってるのね?』

『ああ、逐次把握している』


 フォロロマーノの中心からなるべく外れないようにしながら、私は少女から逃げ回っている最中だ。


『作戦前に受けた説明は覚えてるな?』

『ええ』


 私は夜陰に点々と白く浮かび上がる遺跡に目をやる。

 

『よし、それじゃ石に描かれた目印を辿りながらソイツを追い込むんだ!』


 そう命じられた途端、私の視界が切り替わった。

 いや、そうではない----この土地にあらかじめ掛けられていた術が発動したのだ。


(……あれは、五芒星!)


 思わず脚が止まりそうになった。


 静かに眠っていたはずの数百数千の大小様々な大理石が、一斉に殺気を噴き上げ始めている。

 そして、そのいくつかの石には、青白く浮かび上がる星印が描かれていた。


(これが八陣の図……まるでさっきまでと同じ場所とは思えないようなおぞましさじゃないの!)


 私は大剣の柄を握り締める。

 立っているだけでも目が眩みそうな、感覚を狂わせる『何か』が、空間を作り替えていた。


(多分、何かの手段で感覚異常を引き起こされてるんだと思うけど……)


「……何よこれ!?」


 苛立った叫びが、すぐ後ろで聞こえた。


「できそこないのくせに訳の分かんない術なんか使っちゃって!」


 いや、私は何もしてないんだけど。

 仕掛けていたのはアンソニーだ。


『それにしてもこれ……中庭のやつより断然殺気が凄いわよね!?』

『ああ、進む方角を間違えたらお前もやられるぞ』


 それがどうしたと言わんばかりの声に、私は抗議よりも危険回避の努力に時間を割く事にした。


 五芒星の歴史は、洋の東西を問わず、古い。

 歴史的に確認されているもっとも古い五芒星の用法は、紀元前3000年頃のメソポタミアの書物だそうだ。

 

 そしてアジアの魔術陰陽道においては、今ここで展開されている奇門遁甲の術を筆頭に、魔除けの呪符として伝えられている。

 

(つまり、今の私も彼女も法王庁アンソニーから見れば同じ『魔』という扱いな訳ね)


 こういう扱いには慣れているので、それはいい。

 問題は、この八陣の図と言う罠を私が安全に抜けられるかどうかという事である。


「……ぐ……ッ、何よこれ……ッ、頭が痛くなる……!」


 どうやら私の方より、少女の方が深刻なダメージを受けているようだ。

 既に地面に降り、よたよたと苦しげに走っている。


 さっそく、五芒星が左右に個所に現れた。


(……分かれ道か、どっちだ?)


 見ても分からないので、私は右手の手袋を外し、向かおうと思った方角に放り込む。


(……よし、大丈夫)


 少しホッとしながら私は石の角を曲がり、手袋を拾うとまた走り出す。


「待ちなさいよ……ッ、私は絶対に、人間になってやるんだから……!」


 荒い息を吐きながらも、しかし少女はなおも追いすがって来る。

 愚者火の少女の目には、この風景はまた私のそれとは異なるものに映っているのかもしれない。


(いけない、余計な事は考えるな……)


 また五芒星。

 私はすぐに手袋を投げた。


 一拍置いて、子羊の革の手袋はまるで破裂したかのように空中で粉々になった。


『……驚門だわ』

『よし、その反対を進め』


 私は朽ちた柱の陰に飛び込む。

 その向こうに見える五芒星が、恐らくは他の門の入口だ。


 門は八つ存在し、そのうち進んで良いのは四つ。

 残り四つは死んだり怪我をしたりしてしまうという、恐ろしい術である。


「出て来なさいよなりそこない……ッ! どこに隠れたのよ……ッ!?」


 苛立った叫びがすぐ後ろで聞こえる。

 私の姿がいきなり消えてしまったので焦っているのだろう。


「……まぁいいわ……それよりまずは、任務を先に果たしてしまわないとね」


 白いワンピースの少女は、ぼそりと呟いた。

 

「私達姉妹はあのバカな宝石の魔女なんかとは違うって、総統フユーラーに認めていただかなきゃ!」

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