蒼炎
(片割れはどこよ!? さっさと見付けないと手遅れになるっていうのに……!)
市内随一の観光名所だとは聞いているが、人っ子一人いない石だらけの遺跡など墓地と大差ない不気味さだ。
幽霊など信じてはいなくても、長居したい場所ではない。
ましてや、敵がどこに潜んでいるのか分からないのだ。
朽ちかけた柱の陰、神殿だったか何かの壁の一部----全ての物陰に、私は意識を回らせる。
(そう簡単には姿を見せてあげないわよ、って事かしら)
東西に約300メートル、南北に約100メートルに亘って広がる古代ローマのかつての中心部を、私は足早に歩く。
かつての神殿。
かつての凱旋門。
かつての元老院議事堂。
原型をほとんど留めていないモノ達が、私を取り囲んでいる----。
どれも、私に味方してはくれそうもない。
それどころか、女主人をその懐に隠し、全ての敵意を侵入者に向けているかのような静かな圧すら感じて----。
(ふむ……既にここは、彼女の術中という事ね……)
背筋が、とても冷たい。
分かっている。
敵地と分かっていて無闇に歩き回るのは得策ではない。
(分かっているけど……それじゃ私がここまで来た意味がない)
フォロロマーノの中心まで来て、私は足を止めた。
セプティミウス・セウェルスの凱旋門を背にして、白大理石で作られたフォカスの記念柱がぽつんと建っている。
「いらっしゃい、私はここよ」
少女Aと、これから現れるであろう少女Bの特性は大きく異なる点がある。
だからこそ----私はここまで来たのだ。
「……貴女が、本物の愚者火の少女なのよね?」
ゆらり。
蒼い炎がフォカスの記念柱の上で揺れた。
「お姉さんが、グラン・ルーメなの?」
幼い声だけが、頭上から降って来る。
「……そうよ」
ほら。
まるで私は誘蛾灯だ。
「じゃぁ、貴女もグラン・ルーメが何か知っているのね?」
私の問いに、炎は再びゆらりと大きく揺れた。
「グラン・ルーメは……私の希望よ……」
蒼い炎を中心に、闇の中から幼い少女の姿がゆっくりと滲み出る。
「私の……ううん、私だけじゃなくて……私達の……希望……」
ランタンを抱えた白いワンピースの少女が、柱の上から私を見下していた。
背格好も、髪型も、少女Aと瓜二つだ。
だが、少女Aとは違って----顔に包帯が巻かれている。
「だからグラン・ルーメ……! 私達に食べられて欲しいの……ッ!」
叫んだ途端、物凄い勢いで急降下して来た。
「だって貴女、死にたいんでしょ?」
「そりゃ死にたいけど……ッ、今ここでとかはお断りよッ!」
私は大剣を振って後ろに飛び退いた。
少女は軽やかに着地して、再び私に飛び掛かる。
ランタンは大事そうに脇に抱えたままだ。
「どうしてよ……!? 貴女はもう十分に生きたじゃないの!」
細い腕にも脚にも、包帯が巻かれている。
少女Aからは感じなかった微かな腐臭が、私の鼻を掠めた。
「……私は、生きたいッ!」
少女B、いや、愚者火の少女が、吠えた。
「生きてあの子と……人として暮らしたいの……ッ!」




