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三叉路を往く者

「拘束解放! 星よ歌え……我と共に!!」 


 メリッサがディスクを端末に押し込み高らかに詠唱した瞬間、乾いた泉が緑色の光に包まれた。

 魔法陣の生成が始まったのだ。


 明りのない闇の中で、緑の光はまるで意思を持つかのようにうねり、無秩序に踊った----かと見えた次の瞬間、まるで泉の底から水が湧きだすかの如く、光の奥から更に強い光が現れ、メリッサを中心に真円を描くと大理石の上に複雑な魔術式を構成し始めた。


 闇の中からその様子を見詰めながら、私は息を飲み込んだ。


 ネプトゥーヌスも、ケレースも、サルースも、神々の像は、まるで捧げられるのを待つ生贄のように微動だにしない。


(さっきまで何の気配もなかったのに……)


 魔法陣だけが恐ろしい速さで書き込まれ、増大し、実体化していく。


(今は、このトレビの泉は……異界の門に変わっている……!)


 モルガナの魔術式が、古の魔術兵器トレビを蘇らせていく----。


 さっき投げ込んだコインは全て予め真っ二つに切ってあったものだ。

 古来より半円は月のシンボルであり、その中でも下半分の月は永劫の闇を、上半分の月は果てしなき光を象徴している。


 そしてこの『三叉路の泉』(トレビ)を真に守護しているのは、ヘカテーだ。

 そう、女魔術師の保護者でもある女神----。


 その女神ヘカテーへの供物を正しく捧げる事のできた者だけが、この泉を真に使う事ができる。


『衛星より解放承認コードのダウンロードを開始します』


 カーラの声がしっかりと聞こえるのを確認して、私はメリッサが元素に還る瞬間の秒読みを始めた。


『全係員は自動監視に切り替え後、速やかにモニター前より退避』


(10……9……8……)


 魔法陣の輝きはいまや最大限となり、その上に浮いた少女と一つになっていた。

 少女は魔法陣であり、魔法陣は少女であった。


(3……2……1……)


『……元素拘束、解放開始!』


少女の身体を包むコートもスカートもブラウスも、そして革靴も、全てがその輪郭を急速に淡くして、砂粒よりも小さな光の粒へと変化し始める----はずだ。


私は念話モードでカーラに尋ねる。


『目標Bは?』

『そこより南へ約950メートル地点……フォロロマーノ内に留まったままです』


 その答えを聞き終わる前に、私は泉に向かって飛び込んだ。


『これよりフォロロマーノに向かう! カーラはメリッサをお願い!』

『了解』


「待ちなさいよアイリスっ!」


 愚者火の少女Aの悲鳴じみた声が聞こえるが、無論待つつもりなどない。

 あと少しではじまりの魔女は現れる。


 少女Aの相手は、彼女がしてくれるだろう----多分。


 それよりも、こっちの体力が持つかの方がよほど心配だ。


「……ッ!?」


 飛び込んだ私の身体は、乾いた泉の底に打ち付けられる事なく、どこまでも緑色の光の中を落下していく。

 いや、落下しているのかどうかもよく分からない。


「な、何ッ、これ……ッ!?」


 自分の骨も、内臓も、筋肉も----全てがその輪郭を失っていた。

 今メリッサの身に起きているはずの元素拘束の解放と同じような----いや、それよりも拙速で暴力的な、変容が、私という存在を磨り潰す。


「……!?」


 私は、空間転移のために作られた量子トンネルを通過しているのだ。


「……わッ!?」


 通過に要した時間はコンマ数秒とかそんなところなのだろうが、時間の感覚すら破壊されるような異空間の中で、私は一気に数百歳も歳を取ったかのような感覚を味わったのだった。


(うぅ気持ち悪い……何がバスに乗るようなもんだ、よ……後でアンソニーに苦情入れなきゃ……)


 それでも半ば無意識に大剣の握り具合を確かめ、私は顔を上げる。


「ここが、フォロロマーノ……」


 仰々しい名前ではあるが、要するにかつてのローマの遺跡群だ。

 柱や敷石に使われていた石の残骸が点在する、ローマ市内にぽかりと残された空地に、私は立っていた。


 時間は、もうあまり残されてはいない。


 愚者火の少女Bを速やかに灰に戻さなければ----ローマは火の海になる。

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