回路
私は急いで念話モードに切り替えた。
『カーラ! 断水の原因は!?』
『市の水道局によると施設の電気系統の損傷との事です』
なるほど。
現代は電気系統を弄るだけで大規模な社会基盤も停止させる事が可能だ。
『侵入形跡はなく、監視カメラにも不審人物は映っていませんでした』
『ま、それ系の魔女ならカメラくらいならなんとかできるわよね……あ、こっちの話ね』
アネモネの顔が一瞬浮かんだのを悟られないよう、私は誤魔化した。
『あるいは支援部隊の仕業かもしれないし』
ぼんやりとした考えが少しずつ形になっていくのを感じながら、私はオベリスクを仰ぐ。
ゲルマン騎士団に渡った魔女の灰の中には、鬼火の魔女の灰も含まれている。
一般的に鬼火とされるものの中には、実は火そのものではなく、プラズマ現象による球電だったりアーク放電だったりするものが多く含まれているのではないかと考えられている(と、この前本で読んだ)
つまり、鬼火の魔女の能力は、『火』というよりも『電気』を操る能力だったのではないかというのが、今の私の予想なのだ。
そしてその予想は、少女がランタンを撫でるたびに裏付けされていく。
掌とランタン。
電極と、電極。
電極同士の間に生まれる----回路。
『……じゃあ、水道の電気系統に損傷を与えたのがアーク放電だったという可能性はある?』
『現在全データを精査中ですが……確率は86.02%ですね』
当時の気象データと合わせても、落雷などの自然現象による可能性はほぼ排除されている。
『電気的な異常前兆は発電所周辺で観察されてたのよね?』
『はい』
となると、どちらもまず間違いなく鬼火の魔女----この白いワンピースの少女の仕業だ。
ローマ市においても、魔女に関連するような情報やデータ(という表現はしていないようだが)は、見付け次第法王庁の各担当部署に送られ、担当部署は、必要と判断した情報を庭園管理局に報告する----というのが一応の仕組みとなっている。
『魔障級及び超常級と認定されるレベルでの前兆は観測されていなかったため、庭園管理局への報告が遅れました……申し訳ありません』
『なるほど……』
実際には法王庁内部にはイエズス会だのフランシスコ会だのと様々な会派が入り乱れ、それに加えて部署ごとの反目だの不仲だのという、それなりの規模の組織にはありがちな問題も抱えている。
『組織のゴタゴタなんてAIのカーラにはどうしようもない話だからね、仕方ないわよ』
法王庁内部にトゥーレ協会への協力者や内通者がいる可能性については、もうほぼ確実だと考えておいてよいだろう。
『……それよりも、気になるのは発電所の件ね』
バチカンが世界最小の主権国家であるのは、中世の魔女の私でも知ってるくらいに有名だが、実は約5億ユーロを投じた自前の太陽光発電所も所有しているのだ。
ローマから北へ1日ほど歩いたサンタ・マリア・ディ・ ガレリア村の近くにある出力100メガワットの発電所----通称サンタマリア発電所がそれである。
ちなみに1931年に無線電信機の発明者グリエルモ・マルコーニがローマ法王のためのラジオ放送局をつくったのと同じ土地だったりする。
もちろん100メガワットなどという莫大な電力を人口800人の市国内だけではとても消費しきれるものではないので、発電量の7割はイタリアへと売電している。
言ってしまえば、バチカンとその周辺の電気は、全てこのサンタマリア発電所で賄われているのだ。
(ローマ全市の断水に発電所周辺での異常現象……魔女一人の能力にしては攻撃の規模が大きいような気がするけど……)
私は結論を下す。
愚者火の魔女が手にしている火は、囮だ。
さすがにあの程度の鬼火で街を焼くのは物理的に難しい。
『電気って、発電所から電線を使ってそれぞれの建物に引かれているのよね?』
『ええ』
電線は大電流が流れると火花を発して火災を起こす。
もしそれが同時多発的に発生すれば----この街はたちまち火の海になる。
私の頬を、熱い炎が一瞬舐めたような気がした。
『……ちなみにアーク放電の温度ってどのくらい?』
『3000度から6000度になります』
火刑の際の温度は1000度程度だ。
それでも人間は十分炭になる。
「トリック・オア・トリート……だっけ?」
念話モードを切断し、私は少女に微笑み返した。
「それじゃ私からのトリートは、なしね」
ローマの人間がどうなろうと知った事ではないが、他人のトラウマを抉る魔女に甘いお菓子をあげるほど、私は優しくはない。
「返事はこれよ!」
大剣を振り上げ、私は叫んだ。




