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魔女を統べる者

 少女は、それこそ太陽のような笑みを浮かべた。

 くるりと巻いた柔らかな髪が、肩の上で軽やかに揺れる。


「……貴女は、その総統フューラーに会ったの?」


 私はやっとの思いで少女に尋ねる。


 咽喉がカラカラに乾いて、上手く声が出ない。

 まるで、御伽噺に出て来る魔女のような嗄声だ。


「そうよ、私は総統フューラーに忠誠を誓ったの」

総統フューラーに……忠誠を……?」


 少女の言葉の意味が分からなくて、私は馬鹿みたいに聞き返す。


「忠誠を誓ったって……だって、彼はもうあの時ベルリンで死んでるんでしょ?」


 そうだ。


 彼は、生身の人間のはずだった。

 自ら命を絶ったはずだった。


「一九四五年四月三十日、総統は自殺して、彼に忠誠を誓ったすべてのものを、その誓いから解放した」


 ふいに少女は詩でも朗読するかのように何かの一節を口ずさんだ。


「ドイツ将兵諸君は、総統の命令を忠実にまもって、弾薬はすでに欠乏し、全戦局はこれ以上の抵抗を無意味にしたのに、なおベルリンの戦闘をつづけている……私はここに、ただちにすべての抵抗を放棄することを命ずる……」


 ほら、やっぱりあの男は死んでいる。


 安堵と共に私は唾を飲み込んだ。

 私が手を下せなかったあの男は、結局は自らの手で拳銃の引き金を引いたのだ。


「これはベルリン防衛地区元司令官ワイドリングが発した降伏命令よ」

「……よく知ってるのね、すごいわ」


 私の言葉など聞こえなかったかのように、少女は続けた。


「でも、愚かなワイドリングは何も知らなかったの」

「え?」


 タン……ッ、と鋭く靴の踵が鳴った。


「ハイル・マイン・フューラー!」


 ランタンを抱え、少女は直立の姿勢で右手を斜め上に突き出す。


「……な、なんで……?」


 生きている。


 あの男が、生きている----?


総統フューラーは私達魔女の父なる存在として、私達を護り、導いてくださっているのよ」

「そんなはずない……だって、あれからもう80年経ってるのよ……!?」


 悲鳴のような声で私は反論する。


「もしあの時生きていたとしても、普通の人間ならとっくに死んでるわよ!」

「そうね、普通の人間ならね」


 少女は愛おし気にランタンを撫でる。


「でも、総統フューラーはそこらの人間とは違うのよ……総統フューラーは、宇宙の摂理を知り、更なる進化を遂げる事を唯一許されたアーリア人の王……アトランティスを受け継ぐ者なんだから」


 頭の奥で、何かが、カチリと音を立てて嵌った。


(また、アトランティスだ……)


 夕陽に染まる海の光景が、頭の中いっぱいに広がった。

 息が詰まるような寂寥感が、私の胸を締め付ける。


 一体何があの海の底にあるというのだろうか。


 法王庁が聖地として極秘に護る島。


 魔女を呼び寄せる島。


 そして、この大剣の故郷だと言われる島----。


(フルンティング……!)


 握った柄の感触に、私は意識を引き戻された。

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