ジャック・オ・ランタン
愚者火とは、狐火、鬼火などとも呼ばれる世界各地で信じられている怪奇現象の一つである。
その色や形は様々だが、主に夜の湖沼付近や墓場などに現れ、ついふらふらと着いて行った旅人を道に迷わせたり、底なし沼に誘い込んだりとする危険な存在だと言われている。
愚者火の正体は諸説ある。
一つは、生前罪を犯した為に昇天しきれず現世を彷徨う魂であるというもの。
もう一つは、ゴブリン達や妖精などといった人外が変身した姿等であるというものだ。
そしてもう一つは----洗礼を受けずに死んだ子供の魂である。
(洗礼を受けずに死んだ子供……か)
洗礼を受けずに死んだ子供は大概は幼い子供だが、稀に異教徒だったり、売り飛ばされて奴隷として生活していたため洗礼を受ける機会のないまま死んだ子供もいる。
(このコは、それで魔女に……?)
もちろん私は愚者火の正体を知っている。
そもそも湖沼付近や墓地という湿度が高かったり腐敗性のガスが発生しやすい場所に多く現れるという時点で、科学的に説明ができるものなのだ。
夜に沼地で道に迷えば溺れる事もあるだろうし、墓地で道を見失えば----あるいは真新しい墓に人知れず転げ落ちる事もある。
盗賊が偽の鬼火で旅人をおびき寄せる事もあっただろう。
愚者火など、だから恐ろしくも何ともない単なる自然現象に過ぎない。
そう、この忌まわしい匂いさえ嗅がなければ----。
「うふふ」
白いワンピースの少女が、また笑った。
「これ、私の相棒なの」
不格好なランタンを、顔の高さまで掲げて見せる。
「ね……可愛いでしょ?」
「……ッ!」
私は息を呑んだ。
よく見ればそのランタンは、ドロドロに腐って灰色に変色した人間の首だった。
くり抜かれた目と口の向こうで、硫黄の匂いを放ちながら橙色の炎がゆらりと揺らめいた。
(ウィリアムの火……!)
ウィリアムの火といえば、現在ではハロウィンのカボチャというイメージが定着してしまっているようだが、元々は聖ペテロにまつわる伝承の一つである。
極悪人のウィルという男が殺され、霊界で聖ペテロに地獄行きを言い渡されそうになった所を、言葉巧みに彼を説得し、再び人間界に生まれ変わる。
しかし、第二の人生もウィルは悪行三昧だった。
死後に死者の門で、聖ペテロから、もはや天国へ行くことも地獄へ行くこともまかりならんと言い渡され、煉獄の中を漂うことになる。
それを見て哀れんだ悪魔が、地獄の劫火から轟々と燃える石炭を一つウィルに渡した。
この地獄の火を手に入れたウィルは煉獄と現世の間を永遠に彷徨い続け、その姿は人々の目には不思議な鬼火として映るようになった----のだそうだ。
「……その火、誰から貰ったの?」
「知りたい?」
硫黄の匂いを撒き散らすランタンをぎゅっと抱え、少女は私を上目遣いに見上げた。
「総統からよ……お姉ちゃん」




