fragment 15
魔女が、姉上の命を救ってくれた。
だから姉上は、深くて暗い森の奥で再び目を開けた。
目を開けて、血潮の海からゆっくりと起き上がって----。
「……マヌエル?」
僕の名を、呼んだんだ。
はっきりと、いつものように静かに澄んだ声で。
「あ、姉上……ッ!?」
「どうしたのマヌエル? どうしてそんなに泣いてるの……?」
姉上は、微笑みながら腕を伸ばし、僕の頬を指先で拭ってくれた。
とても温かくて優しい感触に、胸が震えるのが分かった。
「姉上……ッ……!」
僕は何も言えないまま姉上を抱き締めた。
もう二度と離すまいと思いながら、抱き締めた。
「……マヌエル?」
失ってしまった大切なものが、再び還って来たのだ。
この世の理に背いて、甦って来たのだ。
魔女の力で----。
(そうだ、魔女は……!?)
僕は弾かれたようにして後ろを振り返る。
だけど、初めから誰もいなかったかのように、ブナの大木だけが静かに僕達姉弟を囲んでいた。
(さっきのアレは、もしかして全部夢だったんだろうか……?)
「……私、どうして生きてるの……?」
姉上の手から落ちていた剣を拾い上げ、僕は答える。
「きっと……神様が、助けてくれたんだよ」
僕は、多分この時生まれて初めて姉上に嘘を一つ、吐いた。
本当は知っていた。
神様は僕達を救ってはくれないという事を。
(言葉は、意思より生まれしもの)
魔女の声が、僕の頭の中で響く。
(混沌は魔女を生みしもの……しからば、魔女は言葉、言葉は魔女なり)
魔女の声に、僕の声が重なる。
(汝は我、我は汝)
そうだ、あの時僕は確かに唱えたんだ。
「……汝と我、一つなり」
僕は魔女と契約して、神様の敵になった。
この世の理に背いた。
世界を作り替えた。
僕の愛する姉上■■■のために摂理を破壊した。
そう、僕のこの手で----。
「……マヌエル、誰か来たわ」
遠くで木々を掻き分ける微かな音がして、僕達は手を取り合うようにして立ち上がった----。




