デウス・エクス・マキナ
「アンソニー! このコを早く回収して!」
体温のない少女を抱え上げて叫んだ途端、私の視界は眩い白に覆われた。
「……ッ!?」
顔を伏せ、目を固く閉じてもなお、その白----いや、閃光は、私の視界の中で炸裂し続ける。
「今度は何よ……!?」
蝶の大群が一斉に飛び立つような、秩序と無秩序がぶつかり合って弾け飛んだかのような眩い光と、鼓膜に叩き付けるかのような轟音----。
黒々とした機械仕掛けの神が、頭上に出現していた。
「……待って!」
私は怪鳥のように不格好なそのシルエットを見上げ、再び叫ぶ。
「アンソニー! 貴方一人で先に帰るつもり!?」
「そうだが、まさか私を添乗員だとでも思っていたか?」
司祭枢機卿はドアの影から上半身だけを覗かせた。
「お前達があとやる事は、回収班の持って来た棺桶に大人しく入る事だけだ……ウジ虫にもできる簡単な仕事だろ?」
ローターが巻き上げる風に、純白のストラが翻る。
まるで私達に別れを告げるかのように。
「……煙の匂いがする」
「変電所が爆発したらしい。しばらくは復旧は無理そうだな」
男の言葉通り、島中の明りは、一つ残らず消えている。
恐らく、フルンティングとカーラを封印帯の内側へと送り込む際に膨大なエネルギーが発生し、耐え切れなくなった変電所が爆発したのだろう。
今この島で煌々と明りが灯っているのは、司祭枢機卿が乗るヘリコプターだけだ。
「だからって、大事な防衛線であるこの島を見捨てて帰るの? トゥーレ協会が狙ってるんじゃないの!?」
「あと数日で聖座が空く」
この距離では声は届かないはずだが、アンソニーの声は一言一句正確に聞き取れた。
「私だけではない。枢機卿団の全員がシスティナ礼拝堂目指して集結している」
雨が私達を打ち始めた。
私は蝙蝠傘を広げ、メリッサに差しかけてやる。
「いよいよだ……」
飛び回っていたカーラが、大きく嘴を開けた。
その口腔の赤さが、却って私を安堵させる。
地獄の門は、相変わらず神の足元で口を開いているのだ。
「コンクラーヴエが始まるのね」
「そうだ……恐らくは、この世界で最後になるコンクラーヴエだ」
頬を濡らす雨が、一層冷たくなった。
「マラキの預言が正しければ……次に選ばれた法王が、この世で最後の法王となるだろう」
滞空していたヘリコプターが、その高度を増し始めた。
「じゃあ、選ばれた法王は信者に向かって、この門を潜る者は一切の希望を捨てよ、とでも説くのかしら?」
「あぁ、それもいいかもしれんな」
遠ざかるヘリコプターを見送りながら、私は司祭枢機卿の言葉を反芻した。
「……一切の希望を捨てよ、か」
地獄の門が、開く。
世界の終わりが、これから始まる。
「まさか私がこの世界の終わりを見届ける事になるなんてね……」
私の呟きに応えて、白いカラスが高らかに鳴いた----。




