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ガーネット

「モルガナ……ッ!」


 桜貝の色をした爪先。

 足首まで届く豊かな金髪。


 淡い光を放つが如き、白磁の裸体。


『はじまりの魔女』は、再臨したのだ----。


「……貴女、スヴィトラーナね」

「そうよ! 私はスヴィトラーナ! はじまりの魔女の……ッ、そう、貴女の血を引く……ッ、グラン・ルーメの力を与えられるべき真の魔女よ……ッ!」


 石の魔女の口上を、私はポカンとして見詰めていた。


(はじまりの魔女の血を引く魔女……?)


 言われてみればまぁ、おかしな話ではない。

 

 いや----おかしい。


 それなら私達魔女は皆、モルガナの血を引いているとでもいうのだろうか?


 モルガナこそが、人種も年代も多岐に渡っているこの魔女と呼ばれる存在の、生物学的な意味での始祖だと言うのだろうか----?


(そんなバカな事が……あるはずない……ッ!)


 せり上がって来る灼熱感を堪えながら、私は震える両腕を固く抱き締める。

 そうでもしなければ意識が保てそうにない。


 モルガナは、ただ微笑んだだけだった。


「分かったわスヴィトラーナ……貴女の願い、叶えてあげましょう」


 真紅の唇がスゥと窄められた。 


「石の魔女なら、さあ……咲いて見せて!」


 強い輝きを湛えた緑の瞳を、このうえもなく優しく細めて----はじまりの魔女は唱える。

 

「floreo flos! (フローレオー・フロース)」


 途端に、石の魔女の全身が痙攣した。


「……ッ!?」


 鋭い叫びが、口から零れる直前で凍り付く。


「……ッ、あ……ぁ……ッ、はぁ……ぁ……ッ……」


 それは時間にして僅か数秒の出来事だった。

 それでも、私の目には、身も凍るスローモーションとして全てが克明に見えていた。


(これが……石化の、本当の魔力……)


 モルガナに両手を掲げるかのような姿のまま、スヴィトラーナの身体も、ドレスも、全てが透明になり、輝く赤に染まっていく。


 ピキピキ……ッ。

 ピキ……ッ!


 微かな音を発しながら、細胞が作り替えられていく。

 物質が変換されていく。


 血と肉が、鉱物に姿を変えていく----。


 キィィン!


 鋭く澄んだ音と共に、スヴィトラーナの身体の中心から数十本の結晶が放射状に突き出した。

 まるで大輪の花が咲いたかのように----。


 石の魔女は、ガーネットに姿を変えていた。


「ふふふ……やっとこれで見られる姿になったわ……ね、石の魔女?」


 満足げに頷いたモルガナに、私は言葉もない。


「……あ……ぁ……ッ、はぁ……ッ……」


 信じられない事に、スヴィトラーナはまだ息をしていた。

 とはいえ、宝石と化したその豊かな胸が上下する事はもうなかったが。


「はぁ……はぁ……ッ……」


 さらに信じられない事に、その表情は、歓喜に満ちていたのだ。


「貴女の、本当の望みはこれだったのでしょう?」

「あぅぅ……ッ、はぁ……ぁ……ッ……」


 石の魔女の咽喉から、甘い、啜り泣きのような声が絞り出される。


「灼熱の異国の地での戦いで刃に倒れた夫の亡骸は、二度と領地に戻る事なく腐り……溶けてしまった」

「……あぁぁ……ぁ……」


 胸を抉るような吐息が、砂に吸い込まれていく。


 私はようやく理解した。


「……だから貴女は狂って、そして願ったのね……愛する者を永遠にその姿のまま地上に留める力が欲しい、と」


 皮肉な事に、その力は魔女としてバチカンに囚われている間は十全に発揮されなかった。

 トゥーレ協会の手で甦り、その支配下からの逃避行の中で飛躍的に向上したのだ----幸か不幸かは分からないが。


 そしてその力を以て、石の魔女は己を宝石に変えられたのだ。


 ガーネットという、不変の愛の象徴の石に----。 

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