解放完了
少女の叫びに応え、緑色に輝く円が私達を囲むようにして浮かび上がった。
(始まった……!)
私は息を呑む。
ひょっとして、このまま魔法陣の中にいられたら、今度こそすぐそばでモルガナの出現に立ち会えるかもしれない----。
だが、そんな甘い期待はたちまちのうちに裏切られる。
「……ッ!?」
メリッサの爪先がふわりと浮いたと同時に、私は光り輝く円の外へと、文字通り叩き出されていた。
全身がバラバラになったかと思うくらいの衝撃だったが、痛みはすぐに消えてくれた。
「……やっぱりダメか」
凄まじい速度で書き込まれ、重なり合っていく魔法術式の中心で、少女の身体は元素拘束からの解放モードに入っていた。
(上手くいけば、今日こそはと思ったんだけど……)
私の心が読まれたのか。
魔法陣が主人以外の存在を拒絶したのか。
あるいはその両方か----。
元素に還りゆくメリッサを見詰めながら、私は唇を噛み締めた。
さらさら。
さらさらさら。
少女が光の粒に姿を変えていく。
物理法則の拘束を解かれ、この世の理から逸脱していく。
その音は、私を嘲笑うかのように、優しく響いて----。
黒々とした端末だけが、所在なさげに砂の上に転がっている。
魔女への鉄槌効力中和作業が、完了したのだ。
少女であった存在の金色の輪郭の中心に、緑色の淡い光が瞬いている。
「あれが……モルガナ……なの……?」
私も、そして、スヴィトラーナも、その炎から目を離せないまま固唾を呑む。
女王の再臨に、身体中の細胞がざわめいている。
吐き気がするほどに、震えている----。
「そうよ……あれが、モルガナ……私の女主人であり……魔女の中の魔女……」
弱々しかった緑の炎は、人の背丈ほどに伸び、ひときわ大きく揺らめいた。
「あれが、はじまりの魔女なのね……」
スヴィトラーナの恍惚とした呟きが聞こえる。
ゆらり。
ゆら……り……。
炎は揺らめきながら半物質から物質へと実体化を始める。
魔女モルガナの受肉が、始まろうとしている----。
「モルガナ……!」
最初に動いたのは、スヴィトラーナだった。
「モルガナ……ッ、貴女が本当にはじまりの魔女なら……お願いがあるの……ッ!」
「ちょっとッ、何するつもりなの!?」
私と駆け寄って来たスヴィトラーナが揉み合いになっている間にも、炎は伸び縮みを繰り返して人の姿へと変わりつつあった。
「離してよッ! 私は……ッ、モルガナに……ッ、はじまりの魔女に、叶えてもらいたい願いがあるのよ……ッ!」
光り輝く炎の中から、白い爪先が現れる。
足首が現れる。
なだらかな曲線を描く脹脛が現れ、太腿が現れ----。
輝くばかりの肢体が私の前に立つ。
「……解放完了ね、アイリス」
「お待ちしておりました」
身体を震わせたまま立ち尽くしている石の魔女の横で、私は片膝をつき、再び女王を迎えた----。




