起動
(あった……!)
石の魔女の意識が少女に向いている数秒の間に、私の手は他のディスクと明らかに違う熱を帯びたディスクを探り当てていた。
「私の邪魔をするのは、たとえはじまりの魔女だろうが何だろうが許さないわよ……!」
「スヴィトラーナ、この子には手を出さないで!」
私はメリッサを庇うようにしながら、彼女のランドセルを後ろ手で開ける。
端末がなければ、いくらディスクがあったところで式の展開ができない。
(っていうか、このディスクじゃなかったりしたらもうアウトなんですけど……)
変な汗が背中を流れ落ちるのを感じながら、後ろの少女を揺する。
「メリッサ、起きて! 目を覚まして……!」
「あの時と同じじゃないの……自分だけさっさとくたばっちゃって、守ってくれもしない……そんな主人にまだ忠誠を尽くすとか、つくづくおめでたいわね」
石の魔女の嘲りが木霊する。
まるであの時のように。
あの日の、ベルリンのように----。
「……忠誠なんかじゃないわよ」
違う。
ここは、あの時のベルリンなんかじゃない。
私はランドセルの中の端末を掴むと、スヴィトラーナを睨め上げたままディスクと共に少女の手に持たせる。
(モルガナ……今は貴女を信じるわよ……!)
「メリッサ、ご褒美なら好きなだけあげるわ。だから起きて」
「ごほう……び……?」
その一言で、少女の瞳が開いた。
そう、まるで起動スイッチが入ったかのような鮮やかさで----。
「……じゃあ、私まだ溶けないようにしなきゃ」
ぽつりと呟く。
同時に、広げた端末の上で指が躍り始める。
「星辰の位置……よし! グラマー域の調整、よし……!」
カーラとの交信が途絶えているというのに、少女の動きには一切の躊躇いがない。
気絶していたのが嘘のような滑らかさでキーを叩き、数式を打ち込んでいく。
「忠誠なんかじゃないわよ」
「それなら何? まさか家族ごっこでもしてるつもりなの……?」
私の沈黙を肯定と取ったのか、スヴィトラーナは鼠捕りの中の鼠を見るかのような目付きになった。
「死ねないでダラダラ生きているのが寂しいから、ヒトの形をしてお喋りしてくれるお人形が大事になっちゃった……?」
赤々とした石の魔女の瞳は、とても綺麗で----まるで地獄の炎のようだ。
「グラン・ルーメとしての役割を捨ててまでソレを選ぶの……?」
私の足元で、砂が、もぞりと蠢く。
(……時間切れか!?)
「じゃあ、やっぱりソレがいなくなれば貴女は私のモノになるのね……ッ!?」
凄まじい勢いで砂がうねり、私を----いや、私の背後のメリッサを目がけて幾本もの輝く触手に変容していく。
「メリッサ! 危ないッ!」
私が覆い被さろうとしたのと、少女が端末にディスクを押し込んだのは、ほぼ同時だった。
「……父と子と精霊の御名において、我、ファイルzayin (ザイン)より古の力をここに解放せり!」
少女の声が、結界を震わせる。
「拘束解放! 星よ歌え……我と共に……!!」




