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家畜の誇り

 石の魔女の目は、これまで見た事がないほど爛々と光っていた。


「今ここで私のモノにおなりなさいよ……ね?」

「いやよ」


 私の即答に、スヴィトラーナは怪訝そうな顔になった。


「どうして? 貴女、死にたいんじゃなかったの?」

「まぁ、そりゃ最終的には死にたいわよ……でも……その前に、私にはやらなきゃいけない事があるのよ……」


 言いながらモルガナの顔を思い浮かべようとして、


 ギチギチギチ……。


 ダイヤモンドの戒めが立てる微かな音に邪魔をされてしまう。


「この……ッ!」

「くは……ッ……!?」


 咽喉を締め上げられて、私は大きく喘いだ。


「何よ……ッ、できそこないのくせに……!」

「……ッ、くぅ……ッ!」


 私は首を振り、口をパクパクさせる。

 できそこないという呼び名自体には、特に異論はないのだが、このままだと本当に息が止まりそうだ。


 ギチギチ……! ギチギチ……ッ……!

 

 魔女の激高に連動して、ダイヤモンドの触手は更にきつく私を締め上げる。


「ハァッ、ちょ……ッ、く、苦し……」

「やらなきゃいけない事……? 随分と偉そうな口をきくじゃないの……! あの女の贄として選ばれたくらいで、思い上がってるんじゃないわよッ!」


 石の魔女の、握り締めた拳が震えている。


「アンタなんか、ただの贄……ッ、そう家畜よ! あの女から見れば、連れて歩ける牛みたいなもんじゃないのよッ……!」

「……そこはせめて……ッ、ハァ……ッ……騾馬って言って欲しいわね……」


 ハァ!? と眉を吊り上げ、石の魔女は私の顎を掴んだ。


「アンタねぇ……このままあの女と、くそったれなバチカンに飼われたまま、ダラダラ生き延びていたいって訳……ッ!?」


 覗き込んで来る顔には、もう薄笑いの欠片も浮かんでいない。

 微かなコロンの香りが場違いな甘さを私の鼻腔に届けるが、それも一瞬の事だった。

 

「私は……私はもう、うんざりなのよ……!」


 硫黄の匂いは、どんな事をしても消えてはくれないのだ。


「スヴィトラーナ……?」


 そうか。


 やっと私は理解する。


 人生を取り戻す事はできないが、誰かの人生を道連れにする事ならできる。

 この女は----スヴィトラーナは、絶望しているのだ。


「……貴女、死ぬためにこの島まで来たのね……?」


 この島の下には、アトランティスが眠っている。


 私が感じたあの不思議な感覚が、魔女に共通するものだとすれば、アトランティスには魔女の力を増幅させる何かがあるのかもしれない。


「でも、どうしてここだって分かったの……?」

「質問してるのは私よ……ッ!」


 業火のような怒りの炎が、その瞳には宿っている。

 

「アンタは人間が憎くないの? 悔しいとか、殺してやりたいとか思わないの!?」


 怒りは私に向けられている。

 そう、この女は私が裏切ったと思っているのだ。


 だが、初めから仲間でない以上、裏切るも何もない。

 勝手に期待して、勝手に失望しているに過ぎない。


 私にとっては理不尽ですらある怒りなのだ。


「バカな金持ち男を石にしたくらいで、私を捕まえようなんて、アンタは人間のいいように使われて……魔女としての誇りはないの……ッ?」

「……私は魔女じゃない」


 でも、人間でもない。

 誇りという言葉が相応しい居場所を見付けられないまま、こうして生きているだけだ。


「私は、魔女じゃない」

「じゃあ何なの? このなりそこない……ッ!」


 しばしの沈黙の後で私の口から出たのは、掠れた声だけだった。


「……ごめん」


 私には、彼女の怒りを受け止め切れない。

 ましてや、私は単なる猟犬なのだ。


 私の主人は----封印帯のあそこにいる。


「まぁ、いいわ……グラン・ルーメを手に入れるのは、この私なんだから……」


 顎を指で押さえ付けられて、私は身を反らせる。

 いつの間にかその指はダイヤモンドよりも冷たくなっていて、まるで心臓が凍るかのような感覚が私を捕らえた。


「私は、やっと自由になれるの……」


 スヴィトラーナは、唇いっぱいに笑みを広げて私を見た。


「だから、貴女を……食べさせて……?」


 ドキリとするほどに優しい囁きを私に滴らせ、石の魔女は私の首筋に唇をそっと這わせた。

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