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砂とダイヤモンド

「や……ッ、離してッ!」


 腕に、脚に、そして首に。

 触手達は砂でできているとは思えない柔らかさで巻き付き、私の四肢を押さえ付けた。


「ぐぅ……ッ……」


 軽く持ち上げられているせいで、辛うじて砂地に届いている爪先にも力を込める事ができない。

 手足を動かそうとしても、びくともしない。


(砂の癖に、強いじゃないの……)


 むしろ、砂の特性なのか、なんとかして少しでも隙間を作ろうものなら、次の瞬間にはその隙間はもうみっちりと埋められてしまっている。


(こんな砂でも、魔女の力を与えられれば……主のために動く……)


 目に見えない速さで砂同士が振動し、ぶつかり合い、形を保っている。

 仮初めとはいえ、命に似た何かが皮膚越しに伝わって来て、私は眉を顰めた。


「いいザマね……これで少しは自分の立場というものが分かったんじゃなくて?」

「私の立場なんて、ハァ……ッ、元から私が一番よく分かってるわよ……ッ……」


 しっとりと湿った触手にじわじわと締め付けられる感触が、気持ち悪い。

 特に、喉元を締め付けられているのが、地味に堪える。


(これ……このまま窒息させる気……?)


 これまでの様子からすれば、いずれこの触手も崩壊するのだろう。

 だが、それまで呑気に待てる状況ではないようだ。


(息、苦しい……ッ!)


 胸元のダイヤモンドは、相変わらず沈黙したままだ。


 こういう時、物語や芝居ならここで突然力を発揮して事態を打開してくれるものだと思うのだが、悲しいかな魔力のない私にとっては、聖遺物だろうが何だろうが、やはりただのダイヤモンドでしかないという事なのだろう。


 これぞ、宝の持ち腐れとかいう言葉がぴったりな眺めではある。


(……アンソニーが今の状況を見てたとしたら、ここぞとばかりにバカにしてきそう……)


 私は奥歯を食い縛る。


(でも、ここはとにかく耐えるしか……)


 石の魔女が、フフッと笑った。


「さぁ、マザランのダイヤモンド……その秘めたる力を私に示しす時よ……!」


真紅の唇がスゥと窄められた。


「咲きなさい!」


 それは時間にして僅か数秒の出来事だった。


 だが、私にとっては、身も凍るような数秒間だった。


(砂が……!?)


ピキピキという微かな音を発しながら、手足を拘束していた砂の触手が、半透明に変わっていくのを、私は唖然として見詰めていた。


 キィィン!


 鋭く澄んだ音と共に、触手は私に張り付いたままの姿で巨大な結晶へと再び変容する。

 透明で、とてつもなく硬い宝石----そう、ダイヤモンドに。 


(え……こんな事までできちゃうの……!?)


 この島----サントリーニの海岸の砂は、場所によって赤や黒などの様々な色をしている。

 それは、この島自体がかつての火山の一部であり、島全体が様々な火山の噴出物から構成されている証でもあるのだが、スヴィトラーナはそれらの鉱物の構成までも、一瞬で変化させてしまった事になる。


(いや、人間を宝石にしてる時点で凄いのは分かるんだけど……でも、え、ちょっと待ってよ……クローンの方がオリジナルよりも強すぎるのって、反則じゃないの……!?)


 これではまるでメリッサと正反対だ。


 スヴィトラーナだけではない。

 アネモネも、それに、他のトゥーレ協会の魔女達も。


 皆、オリジナルの彼女達よりも明らかに力が増幅されている。


 そしてそれらを踏まえたうえでも、このスヴィトラーナの力は、生前とは似ても似つかないほどの強力なものになっているのだ。


「……どうして?」


 つい口から出た言葉に、石の魔女は自分に向けられたと思ったのだろう。

 悦に入った笑みを見せた。


「いい格好じゃない……ほら、ケートスの生贄にされた何とかいうお姫様みたいよ」

「……アンドロメダね」


 私は溜息を吐く。

 

 アンドロメダとは、自分の娘の美貌が神に勝ると吹聴した母親のせいで、何故か怒った神々が差し向けた怪物の生贄にされてしまうという、ギリシア神話の中の不運なお姫様の名前だ。


「貴女、ヤる事がエグい割にはロマンティストなのね」


 アンドロメダは怪物に食べられる寸前に、現れた勇者ペルセウスに救い出され、その後彼の妻になったという。


「あら、女は幾つになっても愛に生きるものでしょ?」

「金持ちのオッサンを次から次へ等身大の晶洞ジオードに変えるのが愛なの? へー勉強になるわ、ありがとう」


 途端に、ダイヤモンドの戒めが心なしか強くなる。


(……これは、うん、マズい)


 私がアンドロメダだというなら、今にもペルセウスが颯爽と現れてこのダイヤモンドの触手を斬ってもらえるはずなのだが、どう考えてもあの封印帯の向こうから助けが来る気配はない。


「……あのね、あまり私を怒らせない方がいいと思うわよ」


 ザッ、ザッ、ザッ、と、砂を踏む音が近付いて来る。


「貴女だってなるべく苦しまない方がいいでしょ?」


 目の前まで来たスヴィトラーナからは、また硫黄の臭気が漂っていた。


(……魔女だ)


 外見は、何も変わってはいない。

 だが、その内面は別のモノにすっかり変わっている。


 魔女だ。


 この女は、身も心も魔女として、私の前に立っているのだ。


 私の身体が、ざわざわと熱くなる。


「私だって貴女の事、苦しめたくはないのよ?」


 魔女が真紅の唇をそっと窄めた。


「だって貴女は、これから私の大切な……贄に、なるんですもの……」


 人差し指で私の顎を上向かせ、長身の魔女はそう囁いた。


「だから、そう……大人しく私のモノにおなりなさいな?」


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