鳥籠
石の魔女が、ふっと嗤う。
「ま、私もそのできそこないを手に入れないと、本物になれないというんだから……お互い様かしらね」
「……何だかよく分からないけど、私は貴女のモノになる気もないし、本物だかになれるお手伝いをする義理もないわよ」
私は空を見上げた。
「そういう事で、残念だけど私には貴女の願いは叶えられそうもないわね」
夜目にも分かる、キラキラと光り輝く金糸のリボン----否、封印帯が、軌道を描きながら砂浜の上空と地下を幾重にも覆っていくのが見える。
『全領域封鎖完了、カウントダウン後通信途絶します! それでは神の御加護を……!』
カーラの声が遠くなり、カウントダウンが始まった。
私とスヴィトラーナは、光り輝く巨大な鳥籠の中に完全に取り残されたのだ。
「貴女、本当に私を助けるつもりはないの?」
「バチカンのやり方くらい知ってるでしょ? 貴女の本当の目的が分かってしまった以上、ここから出す訳にはいかないのよ」
空は明るい。
痛みを感じるくらいに、眩い。
なのに、底知れぬ闇の空気が、スヴィトラーナの周りに色濃く漂い始めていた。
『……特殊装備転送システム、オールグリーンです!』
『ってか、あのデカブツ……ちゃんと動くんだろうな……?!』
最後の最後で聞いてはいけない会話が流れ込んで来たが、それもプツリと途絶える。
私は知らず知らずのうちに、ゴクリと唾を飲み込んでいた。
(……本当に、二人きりになってしまった)
眩い静寂が私達を包んでいる。
キリキリキリキリ……。
封印帯の澄んだ金属音だけが、高らかに響いているのが聞こえる。
温室を囲っているものよりは小規模だが、詩編23編の詠唱なしで突破しようとすれば、恐らくは脳が焼き尽くされるだろう。
そんな事を想像してしまう程度には、神経に突き刺さる音だ。
神の恩寵----。
そう、封印帯を見た事はないスヴィトラーナにも、今の自分が圧倒的な力に包囲されているという事は、識閾下では理解できているはずなのだ。
なのに、彼女は笑っていた。
石の魔女は、見惚れてしまうような笑顔で、宣戦布告を、私にしたのだ。
「やっと貴女をこの手にできるのよ」
恍惚とした瞳が、私を捉える。
私の咽喉が、再び鳴った。
「あぁ……この時をどれだけ待ち望んだ事かしら……」
その言葉に、一瞬だけ胸が痛くなった。
魔女にとっての時間の永さは、魔女だけが知っているのだ。
だがそれでも----私のやるべき事は、ひとつしかない。
「絶対に私のものにしてやるわよ、アイリス……いえ、私の……私だけの……グラン・ルーメ……」
スヴィトラーナが喘ぐようにそう言うのと同時に、私の足元で、砂がザッと波打った。




