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The Grand Mazarin

「あらぁ、ばれちゃった?」


 スヴィトラーナは屈託のない笑みを私に向けて見せる。


「そうよ、富豪の財産だのお金だのなんて、そんなの別にどうでも良かったの……私が欲しかったのは……アイリス、貴女なんだから」


 そのために彼女はトゥーレ協会から逃げ出したのだ。

 再び様々な宝石を集め、従わせ、この島まで辿り着いたのだ----。


 世に出回っている宝石の価値は、大きさだけではない。

 掘り出され、加工され、様々な人々の手を経て来た歴史を持つものほどコレクターを惹き付け、高値で取引される。


 宝石は、いわばこの世界の記憶媒体でもあるのだ。

 ただそれを読み取れる人間はほとんどいない。


 これまでにこの島で石化された金持ち男達の共通点は、コレクションの中に名の知れた宝石がある事だった。

 その宝石の真の価値も知らずに単なる投機のために購入した者もいれば、己の成功の証として落札した者もいる。

 結果としてどうなったかと言えば、彼らは皆等しく、無知と虚栄の代償としてその身体を宝石に変えられてしまった訳だが----。


 「へぇ、なりそこないの貴女でも石と話せるようになったのね……それとも、それも神の御加護?」


 分かりやすい棘を含んだ問いが返って来る。

 彼女のプライドは、もしかすると傷付いたのかもしれない。


「いえ……貴女の言う通り、未だに私は石と話す力どころかなんの力も持ってないわ」


 私は首を振る。

 初めから力を持たない私には、その力を自分のアイデンティティーとするような事もない。


 お前は猟犬だと指摘される前から、水に映った自分の姿は嫌と言うほど見慣れているからだ。


「力があるのは、このダイヤモンド……The Grand Mazarinよ」


 私はネックレスの中央で輝くダイヤモンドにそっと触れる。

 縦長の、まるで瞳のようなカットを施されたひときわ大きなダイヤモンドだ。


「このダイヤモンドが視せてくれたのよ、この島に来るまでの貴女の記憶を」


 The Grand Mazarin----それは総称でもあり、ただ一つのダイヤモンドを指す名前でもある。


 The Grand Mazarinの所有者であったマザラン枢機卿とは、十七世紀フランス王国の政治家であり、また枢機卿としても権力を誇った人物だそうだ。

まぁ、聖職者でありながら政治家として辣腕を振るったという人間なんて、清廉潔白の正反対にいると同義だと思うのだが、例に漏れず、このマザラン枢機卿もまた自身の姪達を政略結婚の駒として最大限に利用し、私財の蓄積も怠らなかった。

 中でも心血を注いだのが、膨大な宝石の収集であり、後世にも伝わるダイヤモンドのコレクションであった。


「これは、コレクション全てをルイ十四世に遺贈したと言われるマザラン枢機卿が、息を引き取る瞬間まで所持していた最愛のダイヤモンドなの」


 総計十八個と伝えられていたコレクションとは別に、ダイヤモンドはもう一つ存在していた。

 それはマザラン枢機卿の死後法王庁が密かに入手し、そして魔女の楔として法王庁に配置する聖遺物の中に加えられたのである。


「The Grand Mazarinっていう呼び名は、本来このダイヤモンドのみを指していたらしいわね……ま、法王庁ではマザランの瞳とかそんな風に勝手に呼んでるみたい」


 私の説明を聞いた彼女の瞳に、初めて明確な色が浮かんだ。

 怒りだ。


「そんな御託はもういいわ……」


 石の魔女スヴィトラーナの灰色の瞳が、光り始めていた。


「ただ、そのコの魂は永い眠りについていたはず……現にこの私の声にも応えなかったというのに……それが何故……こんな贄でしかない、できそこないに……」


 彼女の怒りも無理はない。


 主人は二人もいらない。

 そういう話だ。


 だが、別に私はこのダイヤモンドを従えたいとか自分の所有にしたいなどと思っている訳ではない。


 The Grand Mazarinは、あくまでも法王庁の備品に過ぎない。


 そしてもちろん、それを使う私も備品であり、猟犬でしかない。

 そこに神の御加護などない。


 あるのは、ただ----神に仇なす者への刃の冷たさのみだ。

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