砂浜
「それにしたって……もう……何でこんな派手な騒ぎにしたのよ……!?」
ホールでの騒ぎのおかげで正面玄関はガラ空きだったから、そこは感謝すべきかもしれない。
しかし、自分が石にした男と私を踊らせるなど、あまりにも軽率としか言いようがない行為だった。
「馬鹿じゃないの? 中世だろうが二十一世紀だろうが、人間を石にしたりなんかしたら捕まるのよ!? 貴女ねぇ……あれだけ火炙りにされてまだ懲りないなんて……」
そこまで言ってしまってから、私は慌てて口を噤む。
実際に生きた年月はともかく、年嵩の相手に言う言葉ではなかった。
ましてや、同じ火炙りというあの責め苦を受けた者として、あれを思い出させるという行為は再び責め苦を与えるのに等しいと分かっているのに----。
「……ごめんなさい、言い過ぎたわ」
だが、石の魔女は呑気に答える。
「いいじゃない……だって、貴女に全然気付いてもらえなくて寂しかったんですもの」
「……は?」
そうだ、この女にはこういう所があるのだ。
妙に幼いような、世間知らずな言動が。
「そ、そんな理由で……?」
このスヴィトラーナという元貴婦人は、遠国から嫁いですぐに夫が遠征し、寂しさを紛らわせるために宝石をひたすら収集した挙句、石の声が聞こえるようになってしまったのだという。
日がな一日部屋に籠って石と話していたのを使用人に魔女として密告され、異端審問の後火炙りにされたが蘇生し、『温室』に収容されたのだ。
「でも、実際ああでもしないと貴女ずっと気付かなかったと思うし……ふふッ、鈍い所も相変わらずよねぇ」
随分と言ってくれるものだ。
私は溜息を吐いた。
「……ま、何が目的か知らないけど、トゥーレ協会の連中も、もう少し人選を考えた方がいいわね」
何度か振り返ってみるが、私達を追うような人影は見えない。
私は白壁の別荘が並ぶ方には向かわず、庭から伸びる石畳の小道を選ぶ。
「私が言えた義理じゃないけど、貴女も貴女よ……自分の力は考えて使わないと……」
斜面は緩やかだが、まるで獣道のような細さだ。
勿論灯りなどない。
「ねぇ、どこ行くのよ?」
不安げな声で問われるが、私はスヴィトラーナの手を握ったまま無言で走る。
オリーブと杉の茂みを掻い潜るようにして、指定されているポイントを目指す。
「ちょっと……ッ、こんな暗いんだから、もっとゆっくり走ってくれないと……ッ、ヒール折れちゃうじゃない……ッ!」
スヴィトラーナの息があまりに苦しそうなので、私は少しだけ歩みを緩めた。
「靴なんかまたいくらでも買えるでしょ」
「でも、これせっかく新調したやつなのよ……?」
ざわざわと、木々の梢が揺れた。
いつの間にか風が強くなっている。
剥き出しの肩が少し寒くて、私はストールを持って来れば良かったと少し後悔した。
「さっきのネットのなんとかの社長の全財産、もう手に入れてるんでしょ? 靴なんかそれでいくらでも買い直せるわよ」
金欠の庭師共に引き渡された後でもその金が貴女の手元に残るかどうかは別の話だけど、と続けようとしたその時、目の前に海岸が現れた。
私は素早く念話モードに切り替え、通信可能領域に入ったのを確認する。
『アンソニー、見える? スヴィトラーナを確保したわ』
砂浜に下りながら、私は報告した。
懸念してた電波の乱れはないようだ。
『今のところ抵抗する様子はないから、このまま引き渡せそうなんだけど』
『よし、カーラβの誘導に従ってそいつを回収ポイントまで連れて来い』
相変わらずのダミ声が頭に流れ込んで来て、私は眉を顰めた。
何度経験しても、この念話モードが始まった瞬間の感覚は好きじゃない。
いや、そうじゃなくて。
『どうした? 返事くらいしろ』
----何かがおかしい。
『ねぇ、なんだか変だと思わない?』
『何がだ? 今回の作戦は全て順調だぞ? 懸念されてた磁場の影響もほとんどないし、回収までの時間も当初の予定通りに収まりそうだ……何が問題なんだ?』
だからなのだ。
『通信がクリア過ぎるのよ!』
『はぁ?』
私は叫んだ。
『やっぱりトゥーレ協会はこの件には絡んでなかった!』
風が、大きく吹いた。
『だからッ……今すぐ回収班を引き上げさせて……ッ!』




