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小道

 曲が終わり、すぐに次の曲が始まった。

 だが、男はまるで人形にでもなったかのように身体を強張らせたままだった。


「……う……ぁ……」


 何と言ったのかは聞き取れない。

 ただ、ひどく驚いたような顔で、男は小さく小さく呻いた。


「……ッ」


 ギクシャクと私の身体から手を離し、そしてそのままゆっくりと膝を折るようにして倒れ込む。

 誰も、動かなかった。


 人々は仮面を着けたまま、石にでもされたかのように身じろぎ一つしないで、床の上で動かなくなった男を凝視していた。


「……医者を呼んだ方がいいんじゃないかしら?」


 私の声で、やっと客達は我に返る。

 思い出したかのように、女達が悲鳴を上げる。


「……そうだ、水……ッ、水持って来い!」

「勝手に動かすな! いいからさっさと医者を呼べ……!」


 男の周りに駆け寄った数人が雀のように騒ぎ始めたのを見計らい、私はその場をそっと離れた。

 私の仕事は、これからが本番だ。


 蝶の仮面を着けた赤いドレスの女が、ただ一人、ホールの入口に佇んでいる。

 私は真っ直ぐに彼女の前に向かった。


 女は仮面を外し、私に微笑む。


「ようこそサントリーニ島へ」


 彫像のようにすらりと伸びた長身に、赤い髪と灰色の瞳がよく映える。

 だが、ブーゲンビリアの花のようなドレスに身を包みながら、彼女はどこか鈍色の空気を纏っていた。


「素敵な夜を楽しんでもらえてるかしら?」

「これはどういうつもりなの?」


 私の問いに、石の魔女は手を口に当ててクスリと笑う。

 

「貴女、変わってないわね……相変わらず身体中から美味しそうな匂いをプンプンさせてる……」

「今はそんな事関係ないでしょ!?」


 私はつい声を荒げてしまった。

 魔女と呼ばれるのは不快だが、贄だと言われるのはもっと不快だ。


「悠長にお喋りしてる時間はないわよ」

「あらあらそんなに怒る事ないのに……それにしてもいい匂い……さぞかしモルガナには可愛がられているんでしょうねぇ?」


 宥める口振りで、人の痛い所を更に突いて来る。


「だから、そんな話今関係ないって言ってるでしょ……!?」


 ワルツはまだ流れているが、男を運び出そうとして持ち上げられないらしく、ホールでは怒号が飛び交っている。


 そりゃそうだろう。

 男は人間の姿のままで晶洞にされてしまったのだ。

 鋸か何かで真っ二つにでもして運ばない限り、人の手で持ち上げられる重さではない。


「……まぁいいわ、あの忌々しい庭師共が迎えに来てるんでしょ?」

「そうよ……貴女を連れ戻しにね」


 何だかんだ言っても話が早い。

 私は内心安堵した。


 いずれにしても、これから更に大騒ぎになるだろうここに留まっている訳にはいかない。


「頼むから大人しくしてて……そうすれば多分悪いようにはされないはずよ」


 そう言って私がスヴィトラーナの手を強く掴むと、抵抗はなかった。


「とにかく、ここを出るわ」


 別荘の立つ崖の下には小さな砂浜が広がっている。

 そこに連れて行けば今回の私の任務は完了だ。

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