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ダンス・ダンス・ダンス

私は覚悟を決めた。


「あいにく、時間を大切にできないような相手に割く時間は持たない性分なの」


 男の動きに合わせて、脚を踏み出す。

 流れているのは初めて聞く曲だが、単純な三拍子で覚えやすい。


「で、スヴィトラーナはどこ?」

「はははッ、気忙しいお嬢さんだなぁ……」


 空々しい笑いを振り撒きながら、男は驚くような速さと正確さでターンを繰り返す。

 私も遅れじとステップを踏み、床を蹴る。


「せっかくこの島に来たんだから、もっと愉しまないと」

「愉しむ……? 例えば人間を石にしたりして……?」


 グイと男は私の腰を引き寄せた。


「おや、よく知ってるじゃないか」


 私達の視線は危険なまでに絡み合う。

 

「間抜けなバチカンもようやく気付いたのかな?」

「間抜けという点は否定しないわ」


 いつしか私達はホールの真ん中で息もつかせぬようなターンを繰り返していた。


「だが、バチカンは誤解してるよ」


 無論会話の内容など聞こえてはいないだろう。

 だが、客も、給仕達も、皆が声も立てずに私と男を見詰めている。


「誤解……?」


 ダンスというよりも、それは果し合いのような様相に映っているのではないかと思うほどに、会場の全員が、息を殺していた。


「自分の身体が不老不死の存在に変わっていくのは、素晴らしい気分だ」

「何を吹き込まれたか知らないけど、貴方……魔女の贄にされているだけよ」


 自分で口にしたにも関わらず、舌の上に何とも言えない嫌な味が残る。

 私のその内心を読んだかのように、男は囁いた。


「じゃあ、なおさら同じ仲間同士じゃないか……もう人間に戻りたいなんて思わないだろ? なぁ、可愛い魔女さん……?」


 私達は身体をぴたりと重ねたまま回転する。

 まるで長年ペアを組んだ踊り手のように。


「……私は魔女なんかじゃない」


 床の上で、何度も回る。


「男を石にして悦んでいるような頭のおかしい魔女とも、その魔女に騙されて悦んでる頭の足りない人間とも、仲間になった覚えなんかないわよ」


 男の身体が、ズンッと重くなった。

 私は大きく仰け反る。


「……仲間なんかじゃない……これまでも、そしてこれからも……ね……」


 男の顔からは、既に生気が失われていた。


 あとどのくらいでこの男は完全に石になるのだろうと私は考える。

 一時間なのか、一日なのか。


 だが、間違いなく、スヴィトラーナは今この瞬間も私達を見ているはずだ。


「もう一度だけ聞くわ、スヴィトラーナはどこにいるの?」

 

 だが、もう返事はなかった。

 音楽はまだ鳴っている。


 硫黄の匂いの充満する中、私は生命の炎を消しつつある男をリードして激しく回転する。

 何度も、何度も----奥歯を噛み締めながら。


 魔女の匂い。


 地獄の底の匂い。


 噎せ返るような魔の匂いが、私を嘲笑うかのように強くなる。


 分かっている----これは、スヴィトラーナと、そして私自身の匂いでもあるのだ。

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