ワルツへの誘い
(今のは……!?)
周囲のさざめきがスゥッと遠くなったかと思うと、白い花の芳香の向こうから、ゆっくりと、覚えのある感じが滲み出して来た。
(……ッ!?)
私は思わず噎せそうになる。
いつの間にか硫黄の匂いが、ホールに立ち込めていたのだ。
(……やっぱり、スヴィトラーナはここにいる!)
唇を噛み締めて、私は石の魔女の気配を探ろうと意識を集中させた。
(どこ……!? 一体どこにいるの……!?)
会場の中を足早に歩きながら、私は目標の姿を追い求める。
客達は、硫黄の匂いどころか私の様子にすら気付いてはいない。
男は女を、女は男を探し、品定めし、一刻でも早くこの場から連れ出す事しか考えていないのだろう。
(……確かにこんな所にいるのはあまり気分が良くないわね)
人間の欲望が光となって見えるとしたら、きっとこの会場は様々な波長の光がリボンのように絡み合い、縺れ合って陰惨に輝いている。
(さっさと見付けて早く外に連れ出さないと、頭がおかしくなりそう……)
因果なものだ、と私は苦笑いする。
墓地のような地下室(実際墓地の上に造られている訳ではあるけれど)から遠く離れ、太陽の陽射しを浴びているこの島であっても、魔の気配から逃れる事はできないという事なのだろうか。
(……確かに、アンソニーじゃないけど、ここにいる全員が塩の柱になったらさぞかしスッキリするでしょうね)
欲望のリボンの束を、私は突っ切る。
仄暗く輝くリボンを切り裂き、踏み躙って歩く私に、時折驚いたような目を向ける者もいるが、彼(もしくは彼女)は酷く驚いた目になり、口をポカンと開けたまま私を見送るだけだ。
(違う……彼女もそうじゃない……この子も、魔女じゃない……皆……ここには人間しかいない……!)
焦りは禁物だと分かっていても、硫黄の匂いは私を追い立てる。
(どういう事!? スヴィトラーナは一体どこにいるのよ……!?)
いつしか曲は新しいものに変わっていた。
煌めく南の島の夜に相応しい、華やかなワルツに----。
「……ッ!?」
不意に目の前に現れた男が、白手袋を嵌めた手で私の手を取った。
「シニョリーナ、私と踊りましょう」
「急いでるのよ、他を当たって……」
振り払おうとした手が、やけに冷たい。
「何を仰るのやら……貴女達にとって時間は無限に等しいものでしょう? ねぇ、アイリス……?」
ぐいと私を覗き込んだ男の目が、氷のような緑色に光った。
それは既に人の器官としての柔らかさを失っていた。
「その目……まさか貴方、スヴィトラーナの……!?」
抑えたとはいえ、思わず出てしまった叫びは、しかしホールのさざめきの中に紛れて消える。
「ようこそサントリーニ島へ」
「ちょっとッ、離して……ッ!」
後退ったが、既に遅かった。
「さぁシニョリーナ、ダンスの時間ですよ……?」
男は私の腰を抱くと、猛然とステップを踏み始めたのだ----。




