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天使達

「んッ……ちゅ……ッ、くちゅ……ちゅぱ……ッ……」


 ベッドの上で、私とメリッサは横になったまま抱き合っている。


 正確には、メリッサが私にしがみ付いている格好なのだが、反射的に引き剥がそうとしたタイミングで手を握られ、振り解けないまま唇を塞がれているというのが、今の状態だ。


(この子、こう見えて実はすごい力あるわよね……)


 妙に感心しながら、私は高々とした天井のフレスコ画に目をやっていた。

 十七世紀だか十八世紀だかのものらしいが、花輪を手にした天使達が鳥と共に青空を舞っているという感じの、まぁよくある構図だ。


「んん……ッ、ちゅッ……はぁ……ッ、アイリスぅ……」


 メリッサは譫言のように呟きながら、唾液で濡れた私の唇を何度も吸う。

 

「……んぁッ、分かったからッ、そんな焦らなくても大丈夫……ッ、んッ……!?」


 こうなってしまうと、あとは満足して離れてくれるまで待つしかない。

 下手にじたばたするよりは好きにさせておいた方が早く終わるのだから、と自分に言い聞かせて、無我の境地になろうと天井を見詰める。


「はぁッ、んッ……ちゅ……ッ……」


 贄らしく従順に唇を吸われている私を、天使達が見下している。

 子供でもない、大人でもない表情で。


「ん……ッ、はぁッ、アイリスの……ッ……美味しいよぉ……」


 仰向けになるまでは気が付かなかったが、部屋には至る所に天使のレリーフが飾られていた。

 年代も、恐らくは作られた国もバラバラだが、ベッドの上部にまで天使の彫刻が施されている。


 大理石の洗面台や、コンソールの飾り棚の上に掛けられた鏡の飾り部分には、顔と翼だけの天使(多分熾天使だか智天使の類いだろう)が彫られている。


 私は、それら全ての天使達に見下されながら、小さな魔女に精気を吸われていた。


「んちゅ……くちゅ……ッ……」


 メリッサは夢中だ。

 私の上に覆い被さり、時折切なげに両腿をもじもじと擦り合わせるような仕草をしている。


 この少女は、私がいないと生きてはいられない。


 記憶と心と知恵を奪われて空ろになってしまった存在。

 それら全てを取り戻した時には、もう人間には制御できないであろう存在----。


 もっと吸いなさい、と私は口には出さずに呟く。


 貴女が成長するために私は慈しむ。 

 貴女が成長すれば、私はモルガナを殺せる。


「はぁ……ッ、アイリス……ッ……アイリスぅ……ッ……」


この子自体に殺意も怒りも持ってはいない。


それでも私はこの子を育てる----モルガナとして殺すために。


 食べるために子供を育てる魔女。

 殺すために魔女を育てる私。


 一体どう違うのだろうか。


(多分……何も違わないんだ……)


 私は、今こそ本物の魔女になっているのかもしれない----。


 顔を寄せ合い、囁き合うようにして、天使達が私を見下す。

 幾多の目に射られながら、私は声を出さずに、大きく----嗤った----。


 ----ばさり。


 羽ばたきの音に驚いて、私はいつしか閉じていた目を開ける。


「……!?」


 純白の羽根が一枚、くるくると回りながら私に向って落ちて来ていた。

 シャンデリアの煌めきを受けながら、それはゆっくりゆっくりと神の恩寵か何かのように輝く。


 天使が降りて来たのかと咄嗟に思った瞬間、


「アイリス、メリッサ……作戦の説明をします」


 白いカラスの声に、私は飛び起きた----が。


「んぎゅ!?」

「にゃ!?」


 ベッドの上で、二人の声が同時に上がる。


「……た……ッ……」


 慌て過ぎていたせいか、胸の上の少女がそれなりに重たい事を失念していた。


「申し訳ありません。お取込み中でしたか?」

「い、いや……大丈夫よ、気にしないで……」


 ベッドの支柱に舞い降りた白いカラスは、しきりに目を瞬かせている。


「カーラ遅いよぉ、せっかく一緒に遊ぼうと思ってたのに」


 少女は私の上から身を起し、ぷぅと膨れて見せた。


「申し訳ありません。衛星との通信に予想以上に時間を要してしまったため、作業終了時刻を二十三分と十八秒超過してしまいました」


 気のせいだとは思うが、その声にはうっすらと疲労が滲んでいる。


「それは……大変だったわね」

「カーラがんばったね、えらいえらい」


 衛星との通信に時間がかかるというのは、電波の状況が良くないという事なのだろうか。

 もしこの島がアトランティスの持つ地場なりの影響を受けているのなら、そういった関係もあるのかもしれない。


 状況がよく分からないが、本土とは諸条件が違う可能性を考慮して動く必要がある。


「お労りのお言葉ありがとうございます。おかげで作戦の方は予定通り行えます」

「作戦……?」


 メリッサが怪訝そうに首を傾げた。


「え、ここに来たのって、遊ぶのに来たんじゃないの?」

「いえ、任務です」


 少女がぽかんと口を開けた。


「ええええぇー!?」


 ホテル中に響いているであろう大声に耳を塞ぎ、私は白いカラスに向き直る。


「どんな作戦なの?」

「はい、メドゥーサ作戦です」


 人間を石に変える魔女を捕まえるからメドゥーサ作戦、という事なのだろう。

 何の捻りもない作戦名である。


「メドゥーサって何?」

「メドゥーサとは女王という意味ですが、ギリシア神話に登場する怪物の事です」


 白いカラスは滔々と説明を始めた。


「ゴルゴン三姉妹の末娘でかつては美少女でしたが、ポセイドンの愛人となった事でアテナの怒りをかい、頭髪は無数の毒蛇で、猪の歯、青銅の手、黄金の翼を持つという怪物に姿を変えられてしまいました」

「蛇で、猪で、青銅で……翼の怪物……?」


 メリッサはといえば、一生懸命指を折りながら想像しようとしている。

 しかし想像が追い付かないのか、既に目がぐるぐるし始めていた。


「目は宝石のように輝き、見たものは石に姿を変えられてしまうのです」

「なにそれ怖い」


 想像が付いていない割には盛大に怖がっている。


「ご心配なく。今回の対象は人間の姿をした魔女です」

「人間の……? じゃあどんなカッコしてるの?」


 カーラは瞬きした。


「映像記録が一切残っておりませんので、不明です」

「不明……? 目撃者の証言とか、被害者が誰かに言った内容とかも残っていないの?」


 私の問いにカラスは頷く。


「島内の全監視カメラにアクセスもしましたが、それらしい姿は一切残っておりませんでした」

「……面倒ね」


 石の魔女は、彼女を見た者の記憶も操作できるのだろうか。

 思っていたよりも厄介な相手そうだ。


「じゃあどうやって探すのよ?」


 もっともである。

 だが、私達は、魔女----法王の猟犬だ。


「お前が囮になるに決まってんだろうがぁ……ッ!」


 突然響いたダミ声に、私はがっくりと肩を落とす。


「……うん、こんな事だろうとは思っていたわ」

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