魂の窓
「蟹ちゃーん、チョコ食べるー?」
バルコニーでバスローブを着たメリッサが蟹と戯れている。
その様子を眺めながら、私はベッドに腰掛け、所在ない気持ちで皮袋から丸薬を摘み出す。
一つが葡萄の粒くらいの大きさがあるそれは、見た目は炭の塊のように真っ黒だ。
だが、一口齧っただけで普通の人間は死んでしまう。
そう、これは温室の毒草を磨り潰して作った丸薬なのだ。
法王庁の中庭から遠く離れて過ごす時には必ずこれを食べるというのも、私の任務の一つである。
(相変わらず、不味いわね……)
携帯食という体裁ではあるが、いわゆる魔女の薬だ。
一噛みするごとに、凝縮された毒が口腔を、舌を、じわじわと蝕んでいくのが実感できてしまう。
(あぁ……この感じ……昔と全然変わらない……)
ベルリンに連れて行かれる前に大量に作らされたものの残りだが、毒はしっかり残っているようだ。
「うーん、チョコは食べないのかぁ……」
がっくりと肩を落としながらも、部屋に戻って来たメリッサは、手にしていたチョコをたちまち咀嚼し終えた。
「こんなに美味しいんだから食べたらいいのに……」
「蟹なんだからチョコは食べないと思うわよ……甘いの好きって訳でもないでしょうし」
少女は猫のようにするりと私の隣に上がり込み、袋の中を覗く。
「これ、アイリスのごはんなんだっけ?」
「そうよ」
少女は、ふぅんと呟いて、皮袋に手を伸ばす。
「アイリスは、苦い方が好きなの?」
袋の中の匂いを嗅ぎ、顔を顰めると、少女は丸薬を食む私を見上げた。
「好きで食べてる訳じゃないわよ、それに……何食べたって、どうせ味は分からないし」
「焼かれたから?」
不意の言葉に、私の手は止まった。
「……人間に焼かれたから、舌が焦げちゃったの?」
「……そうよ」
今この子はどんな目をしているのだろう。
そう思ってしまう程に、それは冷たく、無慈悲な問い掛けだった。
「なのに人間のために働いてるの……? アイリスはえらいんだね」
ごくり。
味が分からないはずの丸薬が、とても苦い。
「ねぇアイリス? この島、魔女がいるよ? 人間の所から逃げて来た魔女が……」
少女の顔が、すぐ目の前にある。
見慣れているはずなのに、またあの見知らぬ目をした少女が----いる。
「アイリスは、あの魔女をどうするの……?」
私の両肩にゆっくりと小さな手がかかる。
「人間を石に変えちゃうあの悪い魔女を……どうするの……?」
小さな手なのに、途轍もなく重くて----。
私はそのままベッドの上へ仰向に倒されていた。
「貴女は人間の使い魔として、あのコを狩るのかしら……?」
「……わ、私は……」
私は、どうしたいんだろう----?
「アイリスのその目……正直だから、私、好きよ……」
「メリッサ……離して……」
そう言ったのに、少女は許してくれない。
その手に込められた力は強くなんかないはずなのに、私はもう息ができない。
「ふふ……ッ、目は魂の窓とはよく言ったものね……」
私は今どんな目をしているんだろう。
分からない。
全然、分からない----。
答えが出ないまま閉じる事も出来ない口を、柔らかな唇に塞がれて。
「……アイリス、そろそろごはん……ちょうだい……?」
私は救われたような心持ちで、目を閉じた----。




