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初めての使い魔

 魔女が人間を石に変えるとは言っても、その多くは、相手の身体を硬直させたり、自身を石になったと思い込ませたり、あるいは特定の人間が石になったと周囲に誤認させるような、いわば『暗示』がほとんどであるはずだった。


 実際に人間の身体を鉱物に変容させるような能力を持つ魔女を、私は知らない。

 そもそもそんな能力がある魔女がいれば、法王庁は異教徒相手にもっと簡単に勝利を収められていた訳で、現在のような体たらくにはならなかったはずである。

 そしてそれは、『ジェヴォーダンの獣』を生み出したと考えられる『人間を獣に変える魔女』についても同じだ。


「……その石の魔女って、私の知ってる魔女じゃない」

「そらそうだろうな」


 物質を変換させる。

 物理法則を捻じ曲げる。


 そんな事ができるのは、モルガナだけだ。

 それと----何らかの処理を施されて人間ではなくなった魔女だけ。


「そいつもきっとトゥーレ協会の魔女ね」

「だと考えていいだろう」


 私達はしばし無言になる。


(魔女って、本当のところは何者なの……?)


 科学の力で少しは答えに近付けたと思ったら、更に分からなくなっていく。

 学べば学ぶほど、暗闇の深さに眩暈がしそうだ。


「だが、Tの命令で動いているにしては、腑に落ちない点がある」

「……後方部隊の存在が感じられないとか?」


 アンソニーは頷いた。

 砂浜は緩やかな坂になり、石造りのホテルの入口へと続くなだらかな小道が私達を迎える。


「Tの魔女はお前達と似たようなもんで、一定の範囲内でしか活動できないようにされてるはずだ……例え単独で動いているように見えても、必ず近くで監視役が待機しているし、魔障級もしくは超常級の現象が観測されないにしても、各種電波の乱れなど必ず何らかの電気的異常前兆なりが観測される」

「今回はそれがなかった……だからおかしいって事ね?」


 ホテルの背後は切り立った崖になっていて、前面はヒノキやオリーブの木々が生い茂る小さな庭園で囲まれているため、海辺の集落や道路からは近付けないようになっている。

 もしかすると、この異様なまでの隔絶感は奇門遁甲も取り入れられているのかもしれない。

 そう思うくらいに、静かな空間だ。


 アンソニーの後に続いて玄関に足を踏み入れると、大きなシャンデリアが私達を出迎える。

 私達以外の気配は僅かに感じられるだけで、貸し切り状態にされたこのホテルには、恐らくはごく僅かな従業員しかいない。


「ねぇ、アイリスってばぁ」


 後ろから腕を引っ張られて、慌てて振り返る。


「ひゃっ!?」

「ね、私魔女じゃない? だから、このコ使い魔にする!」


 鼻先に蟹を突き付けられて仰け反ってる私の顔を見て、メリッサは嬉しそうに笑った。

 何度も言うようだが、蟹だ。

 しかも盛大に泡を吹いている。


「……もしかして、アイリスもこのコ使い魔にしたい?」

「いらないわよ……私、魔女じゃないし」


『清貧・貞淑・服従』の誓いに基づいて建てられたであろう石造りの修道院は、今は真紅の絨毯と煌めくシャンデリア、そして幾多の調度品に埋め尽くされて、過日の面影はほとんど消え失せている。

 当時の面影を忍ばせるのは、ロビーの後ろに控えめに飾られた古びた十字架くらいだろうか。


(ま、ここでセレブ相手に稼ぐお金が法王庁の秘密資金になってるって考えれば、今でも十分に機能してるって事よね……)


「ほら、さっさと上れ」


 私達の部屋は二階だ。

 彫刻の施された手摺りが見事な階段を上ると、静まり返った狭い廊下を挟んで扉が並んでいる。

 修道士達の部屋を改装した、客室だ。


「じゃ、お前達はこっちだ」


 アンソニーは立ち入り禁止のプレートが掛けられた扉を無造作に開ける。


「お前達はこの備品置き場からは絶対に出るなよ? 何か用があればカーラに言え。間違ってもそこのバルコニーから逃げようとか考えるなよ?」

「はいはい分かってますってば」


 羊のように従順に、私は部屋に入る。

 メリッサが後に続く。

 あと、ずりずりとリボンで引き摺られた蟹も。


「じゃあ、おやすみなさい」


 メリッサが満面の笑みで手を振ると、司祭枢機卿は犬を追い払うような手付きを返し、無言で扉を閉めた。


 ガチャガチャと大仰な音がするのは南京錠だろうか。

 アンソニーが廊下で封印の作業をしている間、メリッサは初めての使い魔を両手に載せてうっとりと眺めていた。

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