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アトランティス

 確かに、黴臭い地下室よりは遥かに多くの刺激が、ここにはある。

 メリッサの脳波はさぞかし活性化している事だろう。


 なにせ、この私ですらこの島に来てから、風や草花の匂いには敏感になったのだから。

 いや、敏感になったというよりは、昔の----魔女になる前の五感が戻って来たと言うべきだろうか。


 命ある物の息遣い。

 命なき物に刻まれた記憶。


 刻々と変わる光や風を肌で感じているだけで、心の中の長い事使っていなかった領域が解き放たれていくような心地良さがある。


 全ての存在と自分が繋がっているのだという事を、再確認させられる。


「……まぁ、確かにこの島は、メリッサの情操的には良さそうね」


 太陽に温められた砂の匂いを胸いっぱいに吸い込み、私はアンソニーを見上げた。


「でも、それだけなら、なにもこんな遠い島まで来る必要はないんじゃない?」

「どういう事だ?」


 下からだと、司祭枢機卿の表情はちょうど影になっていて、よく見えない。


「ここってエーゲ海よね?」

「そうだ」


 私は海を指差す。


「この海の向こうに……いえ、海の下に……一体何があるの?」


 冗談みたいに青い海は、静かに陽の光を反射している。

 澄んでいるのに、奥底までは見通せない。


 まるで、人間達には秘密を決して見せまいとするかのように----。


「私達をここに連れて来た本当の目的は、何?」

「……ほう」


 アンソニーは眼鏡を外し、目頭を指で押さえる。

 急に陽の光が眩しくなったとでもいうような仕草だった。


「お前としては、このバカンスが腐れ魔女にも主のお慈悲を、という心優しい局長の発案だとは思えないと言いたい訳か……?」

「……そうね」


 それはもう確信だった。

 何か分からないが、奇妙な感覚が私を捕らえて離さない。


(海の底から、何かが呼んでる……)


 いつしか私は両肩を抱いていた。


(やっぱりそうだ……この海の下には、何かがある……!)

 

 島に着いた時から抱いていた微かな違和感の正体に、やっと思い当たる。

 微かだが、聖遺物の痕跡などよりも遥かに強く確かな波長が、私の細胞を震わせ続けているのだ。 


 奇妙で、とても懐かしい感覚----。


「この島……サントリーニ島って……法王庁にとって一体何なの?」

「砦だ」


 即答し、それから男は付け足す。


「法王庁が行う聖戦の防衛ラインの一部であり……その最前線でもある」

「聖戦の、最前線……」


 その理由を、私はもう分かっていた。


「法王庁が脅威と見做し、また保護の対象ともしている存在ものが海の下にあるって事ね」

「その通りだ」


 司祭枢機卿は、布靴スニーカーの先端を砂に突き刺した。


「この海の下には、アトランティスがある」


 何度も何度も乱暴に突き刺す。

 小さな砂山ができたかと思うと、すぐにまた崩れ、平らだった足下はたちまち凸凹になった。


「……アトランティス」


 アトランティスという響きを口にした途端、私の右の掌が熱く疼いた。


「本当にあったのね……」

「そうだ……アトランティスは実在した……お前の相棒フルンティングも、あの海の下から引き揚げられた物だ」


 フルンティング。


 それは誰も振るう事ができなかった、錆びた大剣----。

 それは私だけが使える、法王の剣----。


「……でも、どうして……?」


 魔女という虚構のはずの存在と、太古の失われた文明が、何故繋がったのか。


 戸惑って見上げた空高く、太陽の前を過ぎる鳥の影が見えて----あっという間に滲んだ。

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