奇門遁甲
「違う……と言いたいところだが、それはある意味では当たってるな……ただし、この中庭においてのみ、という条件付きだが」
胸元から男は小さな手帳を取り出すと、捲ったページに、素早く何かを書き付けて私に示した。
漢字だ。
「……中国語?」
「そうだ、奇門遁甲とは中国の占術の一種だ」
続けてまた何か幾つか漢字を書いた。
「現代社会では迷信の一つという扱いだが、奇門遁甲は古代中国の天文学と密接に関係した体系を持っている……簡単に言うと天体の位置と方角を組み合わせて名前を付け、敵の侵略から城を護ったり、反対に、敵の命を奪ったりする秘術だ」
「……それって、効果があるの? ここから見ても何も見えないし、感じないけど……」
そう言いかけ、ふと私は気付いてしまう。
「……侵略から城を護るって事は、たとえば道に迷わせるとか……?」
私は恐る恐る後ろを振り向いた。
すぐそこに、温室がある。
ここから石を投げたら届くくらいの距離に----。
「我々庭園局管理局が継承しているのは、錬金術や占星術、カバラといった西洋神秘思想の秘術だけではない……こうして東洋神秘思想も取り入れ、魔女を筆頭とした穢れた異教徒共を排し、二十億の信徒の信仰を裏から支えているのだ」
「……聞けば聞くほど、貴方達法王庁のやってる事ってオカルトそのものなのね」
噴水の水音が、急に近くで聞こえるようになった。
それはそうだ、猫の額ほどの中庭なのだ。
周囲の噴水の音は、すぐ近くで聞こえているのが本当なのだ。
この空間は、まやかしで組み立てられているのだ。
「そうまでしなければ信仰を維持していけないって……それは、貴方達のそれは……信仰と呼ぶに値するものなの……?」




