概念『X』
「代数……って……いや、分かるけど……」
司祭枢機卿のあまりにも意外な言葉に、私は唸ってしまうしかない。
「確かに、ギリシャ語にすると未知のものは『xenos』だから……それを称して『X』としたって考えれば理に適うわね……でも……」
問題は、それを言っているのがこの男という事だ。
少なくとも、狂信者と言われているこの男の口から出て来るべき言葉ではないと思うのだ。
「そんな変な顔をする事もないだろう。私のような考え方は現代社会においては割と一般的だぞ」
「……そ、そうなの? 今って、そんなに割り切った概念になっちゃってるの……?」
信仰のために殺し合いをするような時代に生まれた身としては、ようやく理性的な考えが定着したのかと喜ばしい反面、人知を超えた存在への畏怖とかは少しは残すべきでは、などというよく分からない愁いのようなものが出て来てしまって、複雑な面持ちになってしまう。
「お前は温室から出てどのくらい歩いたと思う?」
今度は突然の質問だ。
会話術を習うとしたら絶対にこの男よりもカーラに教わろう、と私は密かに心に決める。
「……え? えぇと……結構歩いたと思うけど……?」
生垣の間を通り抜けるまでに何度も角を曲がり、噴水の音を聞いた。
散歩と呼ぶにはまあまあ相応しい時間が経過している----はずだ。
(……あれ? だけど中庭って、こんなに広かったっけ?)
考え込んでしまった私に、アンソニーは今来た小道を指し示す。
「奇門遁甲だよ」
「……造園技術の名前か何か?」
間の抜けた質問をしてしまった私に、庭師の棟梁はニィッと口の端を曲げて見せた。