【ポッキーの日特別篇】 チョコレート、それは神の食べ物
メリッサはチョコレートが大好きだ。
チョコレートでないお菓子も大好きだ。
まぁ、要するにお菓子が大好きだ。
なので彼女の近くに寄ると、たいてい甘い匂いがする。
「チョコはね、テオブロミンが含まれているのよ」
一人掛けのソファに埋もれるように座って、今日もまた何やら見た事もないチョコレート菓子を貪っていた少女は、私の視線に気付くと、得意げに喋り始めた。
「テオブロミンっていうのは、カカオの学名から付けられているんだけど、カカオってギリシャ語で『神の食べ物』って意味なんだって……すごくない!?」
「あ、うん……とてもそうは見えないけど……すごいわね……」
少女が手にしているのは、長方形をした紙製の赤い箱だ。
その中から細長いチョコレート菓子を引き抜いては、一本ずつポリポリと食べている。
焼き上げた生地にチョコレートを掛けた素朴な製法に見える。
寸法は、葦よりは細く、麦藁よりは太いといった感じだ。
「テオブロミンはね、食べると元気が出るし、病気も治るし、それに、細胞の遺伝子も変異させちゃうらしいよ? 神の食べ物って感じするよね!?」
「えぇ……それって危険なんじゃ……?」
最後の効能に軽く蒼褪める私に、メリッサは自信たっぷりに返す。
「大丈夫! だって私、はじまりの魔女なんだもん……神の食べ物なんて、私のためにあるような物じゃない? 私もうこれだけあれば生きていける気がする」
キスしないと死ぬとか言ってたくせに、この偏愛ぶりである。
(あれ、なんでだろ? ちょっとだけ寂しいような……)
首を傾げながら部屋を出ようとすると、
「ねぇ、アイリスにも一本あげる」
少女の声が飛んで来た。
「別にいらない……」
「まぁまぁ、いいからこっちに来てよ」
仕方なく少女の前に私は立った。
「……はい、どうぞ」
「……は?」
少女はチョコレート菓子を一本取り出すとその先端部分を口に咥え、じっと私を見上げているのだ。
「……はい?」
「アイリスはそっちからちょっとずつ食べて。私はこっちから食べるからね」
チョコレートの知られざる効能として、脳細胞を死滅させる、とかがあるのかもしれないなどという恐ろしい考えが浮かんだが、メリッサは至って真面目な顔をしている。
「……分かったわよ」
私は観念して上半身を屈め、少女の口元のチョコレート菓子をそっと咥えた。
(顔、近いな……)
ポリポリポリ……。
チョコレート菓子の砕けていく音だけがやけに大きく響く。
(あれ? これ、このまま食べ進んでたら……メリッサの唇に……?)
気が付いた時には、既に鼻先同士が触れ合う距離にまで私達の顔は近付いていた。
私は目を瞬かせる事しかできないまま----。
ポリポリ……ポキン……ッ!
「……んぷッ!?」
甘さと香ばしさを口の中に止めたまま、私は小さな魔女にこうしてまた唇を奪われたのだった----。