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風の魔女
魔女アネモネ----。
彼女の立っている姿を、そういえば私はついぞ見た事がない。
アネモネはいつもベッドに横たわっていた。
白く長い髪。
ルビーのような紅い瞳。
私の記憶の中のアネモネは、雪原で息を潜める兎のように、静かで、そして研ぎ澄まされた空気を纏っていた。
その紅い瞳はめったに開かれる事がない。
まるで、この世界の何も見たくはないのだというように、彼女は常に瞼を閉ざしていた。
だが、彼女は常に視ていたのだ。
大気に漂う人々の思念を。
物質に残された記憶を。
大地を伝わる厄災の前兆を----。
そう、アネモネは『風の魔女』だった。