気配
まるで悪い冗談を聞いているような気分だった。
だが、少女の声は真剣だ。
「お注射は痛いけど……でも、あんな風に溶けちゃったらヤだから……だから皆、ドクターの言う事はちゃんと聞いてたよ?」
「あんな風に、って……まさか貴女……他の子が溶けるところを見たの?」
薬がなければ溶けてしまうというのは、いくらなんでも脅し文句だ。
いや、そうあって欲しい。
「本当に溶けた訳じゃないんでしょ?」
祈るような気持ちで私は少女に尋ねた。
けれども、
「見たよ……だって、私のお姉ちゃん……ドロドロになったもの」
「……っ!?」
少女の言葉に息を呑んだのは、私だけではなかった。
今度は、すぐ横ではっきりと空気が揺れた。
(今の……やっぱり、この二人以外に誰かがいる……!?)
「アイリス、どうかした? なんか……怖い顔してる」
「う、うん……何でもない……」
髪をかき上げ、動揺を誤魔化しながら、私は念話よりもさらに密やかな囁きで正体不明の気配に呼びかける。
(誰なの? どうして、ここまで入って来たの……?)
答えはない。
もしかすると、私の声が届いていないのかもしれない。
しかし、届いているという確信が、私にはあった。
私は五感以外の何かで、『意思』の存在をすぐ傍で感じていたのだ。
(ねぇ、返事をしてよ……?)
侵入者というにはあまりにも非力で、か細い気配。
まるで、妖精のように儚く。
風の息吹のように捉えどころのない存在----。
(私、この感じ知ってる……ずっと昔に、貴女と会っている……)
私は、ある一人の魔女の名を呼んだ。
(ねぇ……貴女、アネモネでしょ?)




