蠢動
書庫から出た私とメリッサは、手を繋いで通路を歩く。
正確にはメリッサが後ろから私の手を引っ張っている。
重い。
通路は相変わらずひんやりとしているが、このところ風の流れが僅かに変わっていた。
「ラボから戻った時に人が入った形跡があるとは思ってたけど……カーラ、もしかしてここの地下、かなりいじった……?」
見た目はほとんど変わっていないのだが、目を凝らすと石組の壁の所々に石を組み直した跡が残っているのだ。それだけではない。アンソニーに脳波が云々という話を聞かされたせいという訳ではないだろうが、昔は感じる事のなかった様々な気配を、この地下空間で感じるようになっていた。
「分かりましたか? この壁の下に電線や光ファイバーを通しました」
「あぁ、やっぱりね……」
石壁の向こうを伝わる微かな振動や、空気中を飛んでいる目に見えない光が、私の脳裏で様々な軌跡を描き、羽音のような音を立て、何かを伝えようとしている。
人間には知覚できない情報の粒子が、この地下空間にはひしめき、飛び交っていた。
(こんな身体になってしまっても、魔法とか幽霊とか、そういうものをあまり感じないのが救いだったのに……やれやれだわ……)
「アイリスすごいね、私全然分かんなかった」
握ったままの手をぶんぶんと振りながら少女は褒めてくれる。
「なりそこないだって皆言ってたけど、やっぱりちゃんと能力があるんだね!」
「うっ、言い方……」
「内装などはそれほど手を加えてはおりませんが、無停電電源装置(UPS)や自家発電装置を増設し、
高速回線もデータセンターに準じたレベルで設置しております」
そうだ、そもそもラボとは一体何なのか。
改めて疑問に思った私に、白いカラスが教えてくれる。
「ラボの本体はイタリアの製薬会社です。現在は世界全域に拠点を持つ遺伝子工学の巨大企業として知られていますが、金融、IT、宇宙開発、軍事など、部門は多岐にわたります」