書庫にて
別の部屋には全ての壁に書架が設けられ、様々な本が隙間なく並んでいた。
「本って、こんなにあるんだ……?」
扉が開くのと同時に駆け込んだメリッサは、あんぐりと口を開けて天井まで届く背表紙の群れを見上げている。
私も続いて入り、少女の後ろに立った。
(わぁ……何だか懐かしいな……父上の書斎もこんな感じだった……とは言っても、小さい頃は触らせてもらえなかったけど)
紙とインクの匂いに誘われるようにして遠い記憶がしばし揺らめくが、それはすぐにまた曖昧になって消えてしまった。
思い出そうとしても、あの頃の記憶はすぐに消えてしまう。
まるで幽鬼にでもなったかのような気分だ----もう慣れてはいるけれど。
「アイリス、貴女も好きな本を読んでいいのですよ」
「好きっていうか……題名だけは知ってるのとか、あとは、あっ、すごい……原著も揃ってるんだ……」
私は書架に沿って歩きながら並んだ背表紙を指でなぞる。
様々な言語で書かれているが、文字はどれも読める。
モルガナがここにいた頃読み書きを教えてくれたおかげだ。
「そうね……今度何冊か借りようかな」
(あの頃は、もう二度と地上に戻る事はないから勉強なんて必要ないと思い込んでたけど……まさかこんな風に本を読もうと思う日がまた来るなんてね……)
そのモルガナを殺すためにまたこうして本に囲まれるようになるとは、なんとも皮肉だ。
「百科事典や伝記、東西の主な思想家の著書を揃えてあります……聖書もありますよ?」
「聖書は、昔散々読まされたからもういいかな……」
苦笑いした視線の先に、書架から本を抱え切れないほど引っ張り出し始めたメリッサの姿が入った。
「……!」
絨毯の上に本を撒き散らすように置き、その間に座り込む。
ラテン語とギリシャ語と、あとは東洋の漢字とかいう妙にこちゃこちゃした文字の本だ。
『えっ、読めるの……!?』
『これは期待できるかもしれません……!』
私とAIは念話モードで囁き交わす。
「えぇと……」
固唾を呑んで見守る一人と一羽の前で、黒髪の少女はおもむろに本を開き、
「……なにこれ?」
パラパラと数ページをめくっては、次の本を開くが、結局は全て閉じてしまった。
「つまんない……こんなの全然読めない」
固唾を呑んで見守っていた私達は、静かに肩を落とす。
『……だよね』
『新しい刺激を受けた事で言語野の未活性領域が覚醒する確率が0.032%で存在するという仮説も一応立てていたのですが、少し低すぎましたね』
カーラの声は少し残念そうだ。
どんなに低い確率でも信じる姿は少し不思議だが、今は分からなくもない。
機械の熱にすぎないと分かっているのに、白いカラスの身体は、私にはほんのりと温もりを持って感じられたのだった。