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きらきら星
(うーん……あんな風に啖呵は切ったものの、これはちょっと失敗したかも……)
目の前に山と積まれた書物だの楽譜だのを見た途端、私の心はさっそく折れそうになっていた。
アンソニーからの例の巨大なトランクに入っていたせいで、全体的にほんのりと香油くさいのが、またなんとも言えない気分にさせてくれる。
「ピアノの課題曲ですが、きらきら星変奏曲の連弾にしてみました」
「……きらきら……星……?」
曲名を聞いてもさっぱり分からないが、とりあえず用意された楽譜を鼠の尻尾を摘むような手付きで開いてみる。
うん、読めない。
「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの曲です……その子も知っています。ラボで流していましたから」
「モ……モーツァルト……?」
聞いた事もないが、きっと都では有名な音楽家だったのだろう。
私はそっと楽譜を閉じた。
「楽譜なんて読めないくらいがいいんですよ。メリッサにピアノを習わせる目的は、ワーキングメモリに負荷をかけて脳梁を発達させるためなのですから」
「でもこれ、私の脳梁とやらも発達しちゃいそうね……」




