変容
『グリーンランドのとある田舎街に現れたそのワタリガラスは、一部界隈では、やれ神の使いだのキリスト再臨の徴だと有名になった』
『神の使いって……まだそんな非科学的な事信じてるの……?』
私は嘆息する。
魔女狩りは中世の愚行だったと切り捨てて澄ました顔をしていても、カラスが白かったくらいで神の実在を信じてしまえる人間がいる程度には、この現代社会とやらにも迷妄の森はまだ残っているようだ。
『本当に進歩がないわね……まさか貴方達、また天動説とか広めてる訳じゃないわよね?』
『黙れド腐れ魔女、話を戻すぞ……とあるバカが、そのカラスの存在を信じない近所の人間に見せてやるんだと、銃で撃っちまった』
『実在の証明、ってやつね』
司祭枢機卿は鼻で嗤った。
『でもって、今度は珍しいっていうんでそのカラスの死体の取り合いになった……コペンハーゲンのデンマーク動物学博物館やら、グリーンランドの天然資源研究所がこぞって欲しがったんだが、それをウチの奇跡認定委員会が聞き付けて、最終的には法王庁管轄下に入れた』
『……一応聞くけど、本当に神の使いだったの?』
ワタリガラスは確か北欧の神話でも神の使いとされていた。
最初にノアの方舟から飛ばされたのもカラスだ----もっとも、水が引いてないためそのまま戻って来てしまったので、その後に陸地を見付けた鳩の方が有名になってしまっているが。
『いや、単なる突然変異のカラスだが、今でも一部の信者はそのカラスを『白い精神を持つ鳥』と呼んでは今でも神の使いと信じている』
『へぇ……まぁ、鰯の頭も信心から、とかいう東洋の諺もあるくらいだしね』
きっと、法王庁としてもその方が好都合なのだろう。
燃え上がった信仰心に冷や水を浴びせる事はせず、ただし適度に芽は摘んでおく、という感じか。
『まぁ、将来的に頭のおかしい集団に成長されても困るものね……アレとかみたいに……で、その白いカラスの死体は今どこにあるの?』
『……死体ではない』
不意に白いカラスの爪が、私の肩に食い込んだ----気がした。
『その白いカラスは冷凍状態から蘇生した。現在はタワーの中枢部に入ってる……チタン製カプセルに封入されてな』