第四部 少女とメイドと白いカラスと
ティーカップとソーサーが触れ合うカチャカチャという音を聞きながら、私は銀盆を抱え、主人の前に辛抱強く立っていた。
メイド服とかいう機能性の格段に低い服を着て、そのうえ肩には白いカラスが乗っているという冗談のような恰好をしているのだが、私の主人はそれが気に入っているらしい。
「……うーん、茶葉はもう少し多い方がいいわね」
「かしこまりました」
天鵞絨張りの一人掛けソファに沈み込み、飛び出させた両脚をぷらつかせながら紅茶を飲んでいるのは、私の小さな女主人----メリッサだ。
「はー、アッサムはやっぱりいいわねぇ……」
黒を基調としたなんとか風のデザインに、レースとフリルをこれでもかとあしらったドレスを纏ったメリッサは、人形のように愛らしい。
「うん、インドの肥沃な大地が目に浮かぶようだわ」
したり顔でカップから立ち上る湯気を吸い込んでいるが、確か私がポットに入れたのはセイロンと書いてある缶の茶葉のはずだ。
(……ま、どっちでもいいか)
私としてはさっさとこの変な小芝居を終わらせて着替えたいところなのだが、少女はまだこの『ごっこ遊び』を愉しむつもりらしい。
『ごっこ遊び』に付き合う事自体には特に不満はないが、このメイド服は、動くたびにヒラヒラしてどうも落ち着かない。
「ただ……そうね、お湯の温度が少し低いんじゃない?」
「気を付けます」
紅茶を入れる湯の温度はカーラβが調整してくれているのだが、まぁそれも言わないでおく。
「あー、でもやっぱりアフタヌーンティーにはコレが一番ね!」
少女の前に置かれた小さなテーブルには、チョコレートの箱が山のように積まれている。
そして少女の足元には、空になった箱がいくつも転がっているのだ。
「アイリス、も一個取って」
「ま、また食べるの……いや、食べるんですかお嬢様……?」
少女はキッとこちらを睨む。
「いいの! ラボは娯楽が乏しいから、このくらいしか楽しみがなかったの……!」
「……はぁ」
アフタヌーンティーというものがこれで正しいのかはよく分からないが、この少女にとっては、人生最大にして唯一の至福の時らしい。
「でもまたこうしてオランジェが食べられるなんてねぇ……はぁー幸せ……」
オレンジピールというほろ苦い物体にチョコレートが掛かった物をひたすらに貪りながら、少女はうっとりとした顔でソファに埋もれている。
私と少女と、それから白いカラスのよく分からない共同生活は、こうして幕を上げたのだ----。