余韻
カーラβの言っている意味が分からず、私は思いっきり聞き返してしまう。
うん、多分、さっきのアレのせいでまだ頭が完全に働いていないのだ。
私は気を取り直して、白いカラスに尋ねてみる。
「えっと……貴女は今からまたラボに戻るのよね?」
『いいえ、ラボは私にとって最適な環境ではありませんので、若干の環境悪化を許容したうえでこちらで過ごす事が決定しました』
このAI、何か気になる事をさらっと言った気もするが、そこは聞き直さない事にした。
「そ……そうなんだ? いや、別に私はいいけど……」
『ではさっそく準備の方をお願いいたします』
当然のように私の肩に飛び乗った白いカラスに、私は恐る恐る質問してみる。
「ここで暮らすのは分かったけど……貴女、あのね……えぇと……その、いつからそこにいたの……?」
『はい、それはですね』
AIはまるで用意していたかのような流暢さで答えてくれた。
『メリッサが食事を終え、貴女からご褒美を貰うために貴女のくち……』
「うわあああああ!?」
顔を覆ってその場に蹲ってしまった私の耳に、今度は弾んだ声が聞こえる。
「アイリスぅ! チョコレートいっぱい来たよ! 早く運んで! 早く!」
あんなに好き好き言ってた割には、またしても驢馬扱いである。
『アイリス、私の事はお気遣いなくお過ごしください。同性同士でのキスという行為は特に異常行動という訳ではなく、例えばミズナギドリ目アホウドリ科アホウドリ属アホウドリの場合雌同士での……』
「いいからッ! その件はもういいからぁ……ッ!」
おかしい。
何も間違った事はしていないはずなのに。
私の静かな生活が、どんどん遠退いていく----。
「落ち着いて……落ち着くのよ私……そう、これが……他人と暮らすという事なんだから……」
呟きながら、私は立ち上がった。
「貴女の止まり木はここのラボに入れちゃっていいのよね?」
『そうです。配線はメリッサにやってもらいましょう』
食堂を出ると、曲がり角の向こうからパタパタと小さな足音が近付いて来る。
「やれやれ……今は何も考えないでひたすら汗を掻きたい気分ね」
私は両の袖を捲り上げて作業に向かう。
どうせ明日になれば消えてしまうだろう唇の余韻は、まだ残したままにして----。