列車と毒薬
「確かにパチェリが国務長官になって三年ほどでヒトラーも首相に指名されているからな……まぁ、時期的には合致するな……」
司祭枢機卿は左手で眼鏡を外すと、右手で鼻柱を億劫そうに揉む。
何かを考えているような、あるいは、何かを誤魔化そうとしているような、そんな韜晦じみた仕草だ。
「だが、表面上に過ぎなかったかもしれないが、両者の関係は基本的には友好的なものだったんだぞ?」
眼鏡を掛け直した男はそう言って唇の端を曲げた。
「それに、ヒトラーは用心深い性格で、どこへ行くにも厳重に警護された総統専用列車を使っていた……暗殺のチャンスなんてほとんどなかったはずだ」
「……あ」
私は思わず声を漏らしていた。
「その話、聞いた事ある……」
パチェリからではない。
もっと後で、別の誰かが私に教えてくれたのだ。
ただ、それが誰だったのかが、なかなか思い出せない。
「ちょっと待って……何だったっけ……ええと……」
舌先にチョコレートの味がふと甦った。
(あぁ……ベルリンに行く途中で聞いたんだ……!)
「確か総統専用列車の飲用水に遅効性の毒を入れる計画があったんだけど、結局は実行されなかった、って話なかった? あれは、もともとは法王庁が考えた方法だったのを流用したって……」
「……フォックスレイ作戦の事か!?」
アンソニーの語気が強まる。
「イギリスの特殊作戦執行部が立てたが、最終的には実行されなかった暗殺計画の事だ……! そんな話、どこで聞いたんだ……!?」
この反応を見るに、どうやら、私の記憶は間違ってはいなかったらしい。
「だから言ってるじゃない……ここまで言っても、まだ疑うの?」
「当たり前だ、何度も言わせるな! 穢れた魔女なんぞ信用できるか……!」
しばらくの間、私達は睨み合っていた。
先に視線を逸らしたのは、司祭枢機卿の方だった。




