パチェリ
籠の中身は再び私の周りに散乱し、落ちた時に付いた傷から各々の芳香を微かに漂わせている。
こうなると、もう成分が飛んでしまうので摘み直さなければならない。
----いや、そんな事は今はどうでもよい。
司祭枢機卿は、多分、法王庁の暗部をこの私に----よりにもよって魔女である私に、明かそうとしているのだ。
唖然としたままの私は、それでも頭を必死に働かせる。
足下の花のように脈絡なく散らばっていた幾つもの記憶が点滅し、ある考えへと収斂していく。
ベルリンの地下で出会った魔女達。
完璧だったはずの極秘作戦の失敗。
そして、不死のはずだった魔女モルガナの死----。
導き出された一つの結論の前で、私は立ち尽くす。
「それって……じゃあ、ベルリンで私達がトゥーレ協会を殲滅できなかったのは……?」
「最後の最後で作戦に中止命令が出たとしか考えられない」
男の姿は、かつてないほどの怒りに満ちていた。
このまま噛み付かれるんじゃないかと思うほどの形相に身の危険すら感じるが、それでも私はその先を聞かずにはいられなかった。
「逃がしたのは……パチェリね……?」
エウジェニオ・パチェリ。
法王ピオ十二世の本名を私は口にする。
もう二度と口にする事はないと思っていた、かつて永遠の都の頂点にいた男の名を。