信仰に限りなく近い狂気
「ま、温室の外に出た時点で霊験あらたかな薬草は既に単なる草になってたようだが、そいつらは他にも法王庁の秘術や機密も一緒に持ち出していた……もちろん全員破門どころか一生お尋ね者だ。そうなればもう陽の当たる場所は歩けやしない」
「……そ、そうね」
相槌は打つものの、司祭枢機卿が何を言わんとしているのか、私にはまだ分からない。
(なんだか、昔どっかで聞いたような話だけど……)
信者達の信仰と尊敬を集める身から、出奔の末の地下世界への転落----。
そうか、とやっと私は思い出す。
ルシファーの俗信がこんな話だった。
サタンはかつて最高位の天使である熾天使か智天使の一人であった、というやつだ。
しかし、意思に反して一晩で領主の娘から魔女へと堕とされた私からしてみれば、そんな話をされたところで、自由意志で罪を犯せた天使の方がまだいくらかマシなのでは? という気分にはなってしまう。
「ただ、言ってもそっちの世界では、奴らは重宝されたらしくてな……」
「……?」
アンソニーの声の調子が、少し変わる。
「騎士団を名乗ってその後も数百年細々と研究を続け、二十世紀初頭にはドイツのオカルトかぶれ集団と合流して……奴らは晴れてゲルマン騎士団の一部となった」
(ゲルマン……騎士団……?)
法王庁を裏切った背信の聖職者と、オカルトを信奉する騎士団。
その二つが、しかしメリッサと何の関係があるというのだ。
(いや、でも、ゲルマン騎士団って名前……私、聞いた事がある……)
呟いた私の脳裏に、不意にあるイメージが甦った。
鉤十字と剣。
二つが組み合わされたシンボル。
ベルリンで目にした、消されたはずの秘密結社のシンボル----。
「ゲルマン騎士団って……あ……っ、え……っ、あのゲルマン騎士団……?」
「そうだ……トゥーレ協会の母体だ!」
叩き付けるようにして、アンソニーは私に応える。
「奴らは法王庁の秘術を受け継ぎ、あまつさえ庭師の後継者を名乗っていやがったんだ!」
気が付けば庭師の棟梁の目には、暗い炎が渦巻いていた。
「だからこそ、我々はトゥーレ協会を今度こそ根絶やしにしなければならないのだ……! 地中に隠れた根を引き抜き、実を潰し、株ごと燃やし尽くして灰にする……!」
興奮が高まって来たのだろう。その身振り手振りは次第に大きくなっていた。
審問の時でさえ意識を保っていた私の脳は、男の声に揺さぶられ、爪を立てられ、ぐわんぐわんと回り始める。
「そのためにアレを使い物にする必要があるのだ!!」
まるで吠えるかのような声に温室中のガラスが震え、私は抱えていた籠を腕の間から落としていた----。