壁の向こう
私が起きていようが寝ていようが、白衣の人間達にはあまり関係のない事のようだった。
彼らが見たいのは、私の外側ではなく、内側----脳とかそういった部分なのだろう。
そこまで考えて、私は頭に金属製の帽子のような物を被せられているのにやっと気付く。
(……早く、帰りたい)
そう思い、そして妙な事に気付く。
(帰るって……あの温室へ……?)
確かに、いつも出撃後はこんな風に別室に閉じ込められて様子を観察されたり、場合によっては聖水を頭から掛けられたり(塩が入ってたのでしょっぱくて大変だった)と、早く終わって欲しいという以外の感想が出て来る事はなかったが、それでも、こんな風に、込み上げるようにして帰りたいなどという気持ちになるのは、初めてだった。
(アイリス、貴女疲れてるのよ……しばらく地下に籠ってたせいで体力もボロボロだったし)
廃教会での戦闘と、メリッサの変容、そして、モルガナの顕現----。
あまりにも一度に色んな事が起き過ぎて、私の脳はどうもひどく混乱しているようだった。
(うん……私、かなり疲れてるわね)
血の赤と、硫黄の匂いと、モルガナの冷たい声と----。
断片的なイメージがひっきりなしに頭の中を回っていて、酔ってしまいそうだった。
なのに、不思議な事に、両腕に抱いたメリッサの体温だけははっきりしたものとして私の中に残っているのだ。
(……ダメだ、やっぱり寝よう)
そう思っているのに、気が付くと、無駄だと分かっているのに、メリッサの足音が聞こえないか耳を澄ませている自分がいる。
いや、念話が通じるかさっさと試してみればいいような気もするが、通じたら通じたで何を言えばいいのか分からない。
(まぁ、別に用はないんだけどね……)
薬局に帰還するまではなんとなくあった『繋がっている感じ』が、今は綺麗さっぱりなくなっている。 という事は、恐らく、メリッサの収容されている別室というのは、脳波だの高周波だのといったものを全て遮断するような造りになっているのだろう。
その中で何が行われているのかは分からないが、あまり気分のいいものではないのは確かだ。
(……そうだ、あの子が帰って来たらお風呂に入れてあげよう……山盛りの薬草を食べて、もういらないって言うくらいに、精気を吸わせてあげよう……それから、まだ見せてない部屋も案内してあげよう……)
そうか、と私は腑に落ちる。
私は、メリッサがいる温室に帰りたいのだ。
(うーん、これが歳を取ったって事なのかしら……?)
カーラに聞いてみようと思ったが、なんとなく恥ずかしくてやめた。
『……カーラ』
『はい、何でしょうか?』
私はちょっと、言い淀む。
『……メリッサに伝えて欲しいの』
AIに言伝を頼むというのも、初めてだ。
初めての経験と久し振りの感情と、初めての感情。
こんなに心臓の音が大きく聞こえるのも、悪くはないのかもしれない。
隔てられた壁の向こうの少女に、私は呼び掛けた。
『……待ってるから、って』