Deliver Me
機械は、濡れたら壊れてしまう。
それは今も昔も変わらない。
便利になった分だけ、その代償は別の何かで払わないとならない。
文明がどれだけ進んでも、この世界は等価交換で回っているのだ。
『助かります』
待ち構えていたかのようなスムーズさで、白いカラスは私の肩に飛び乗った。
水滴が気になるのか、何度も全身を細かく震わせている。
『ラボでちゃんとメンテナンスしてもらいなさいよ』
『ありがとうございます。防水加工はしているのですが、濡れると不快になるようプログラムされているので……』
冷え切った機械の重みは、腕の中の少女の体温を強く意識させた。
(……そうか、この子、寝言を言ってないんだ)
なんとなく抱いていた不安の根拠がようやく分かって、私は少し拍子抜けした。
(大丈夫、すぐまた目を覚ますでしょ……)
カーラからの指示が出たのか、人影が雨に煙る広場の周囲から次々と姿を現した。
処理班だ。
魔女の穢れを払うために現場に派遣される最初の一団。
現場の惨状を最初に見るだけではなく、それを片付けなければならない気の毒な人間の群れでもある。
『回収班を薬局にて待機させています』
『……了解』
一歩踏み出すと、石畳に跳ねる雨がたちまち靴を濡らす。
『……この子、こうして抱くと結構重いのね』
『それ本人には言ったらダメですよ。こう見えて案外気にする性格なんです』
生真面目な調子でそう諭されて、私は肩を竦めるだけにしておいた。
様々な機械を手にした黒づくめの男達は、私達とすれ違うようにして駆け足で教会に入っていく。
彼らはスイス兵だが、大聖堂を警護している衛兵とはまた別の部隊だ。
私達の姿がまるで目に入っていないかのような動きなのは、単に彼らは魔女との接触を許されていないからであり、実際に法王庁において魔女に関する職務は、その権限ごとに驚くほどに細分化されている。
この雨が上がる頃には、礼拝堂の床は肉片一つ残る事なく掃除され、教会ごと閉鎖され、老朽化を理由に数日中には取り壊されるのだろう。
あの人獣達の骨一片たりとも家族のもとに戻る事はない。
彼らはこれからも単なる行方不明者として扱われるのだろう。
『……やっぱり、重いものは重いって』
『すぐそこですから急ぎましょう、アイリス?』
雨はしばらく止みそうもない。
だが、私はゆっくりと歩く。
理由はよく分からない。
ただ、せめて今の時間だけは自分の速さで歩きたいと、そう思った。