彼女に降る雨、私に降る雨
「……あ」
教会正面の扉を開けると、石畳を雨が激しく叩いていた。
『随分なお天気になったわね』
驚くようなスピードで飛び込んで来た白いカラスにそう言うと、
『モルガナが顕現した事により、この一帯のエントロピーが瞬間的に乱れた結果ですね』
『……そうなんだ?』
カラスは縁の欠けた聖水盤にちょこんと乗り、濡れ鼠になった全身を震わせて水を飛ばすと律儀に説明を始める。
『もちろん試算はしていましたので想定の範囲内ではありましたが』
私が全身血まみれだろうがメリッサが全裸(上着は被せたが)だろうが、そこは人間とは違ってあまり気にはしないものらしい。こういう時にはありがたい性能ではある。
『……という訳で、これはバタフライエフェクトの顕著な例です』
『……つまりこの雨は、その……なんだかピーの乱れの結果、という訳ね』
私はメリッサをもう一度抱き直しながら真っ暗な空を見上げた。
眠りこけてしまった子供というのは、片手だけで抱くには重たいものだ。
『エントロピーです。エントロピーというのは……』
『ありがと、大体分かったからもういいわ……今日はもうこれ以上新しい事は覚えられないと思う』
私は蝙蝠傘を開いた。
ずっしりと重たいだけあって、大人二人はすっぽりと入る大きさだ。
これならメリッサを抱いたまま歩いても濡れる心配はなさそうだ。
(なるほど、傘は一本で間に合うって訳ね)
最初からこうなる事を分かってて持たせたのかと勘繰りつつ、私は濡れた羽毛を膨らませ、若干寒そうな顔すらしている機械の鳥に傘を差掛ける。
『どうする? 一緒に入る?』