余波
「メリッサ!」
血の海の中、魔法陣のあった箇所だけが綺麗に円になって残っている。
その上に、少女は一糸纏わぬ姿で仰向けに倒れていた。
リボンの解けた長い黒髪が、まるで広げた扇子のように見える。
「メリッサ……っ、ねぇっ、大丈夫?」
駆け寄って名を呼ぶが、少女はピクリとも動かない。
「……い、生きてる……のよね?」
口元に耳を近付けると、微かな寝息が聞こえる。
見た限りでは怪我をしている様子もない。
元素と霊素の拘束を解かれる前と同じ姿だ。
(中身はともかくとして、ちゃんとメリッサに戻ってる……)
私はホッとする。
(いや、待って……ここで私が安心するのって、おかしくない……?)
今度は何故か無性に腹立たしくなって、わざと声を張り上げる。
「ねぇ!? いつまで寝てるの!? 撤収するわよ!?」
それでもやっぱり、少女は目を覚まさない。
私は一人、唸ってしまう。
起きない以上、誰かが抱いて帰らなければならない。
そして、この廃教会にいる人間は(魔女だけど)私しかいない。
「冗談じゃないわよ、私だって腕、怪我してるんだから……もぅ、いい加減に……」
少し躊躇してから、私は白く小さな肩を揺さぶった。
触れた箇所から、砂のように崩れてしまったらどうしよう、などと、子どもじみた怯えを密かに抱きながら。
「ほら、起きてってば……」
パラ……。
不意に何かが手に当たって、私は反射的に天井を見上げた。
パラパラ……パラ……ッ。
小さな石つぶてが、礼拝堂の天井のあちこちから落ち始めていた。
それは大理石の欠片だった。
モルガナの魔術の発動に、古い天井や壁は耐えられなかったようだ。
廃教会は、その寿命を急速に終えようとしていた。
「帰るわよ……ッ!」
私は少女に上着を被せると、そのまま抱いて立ち上がる。
「イタ……っ」
胸元の傷口から新しく血が滲んだ気がするが、痛みは我慢できる程度だ。
両腕に抱え直すと、すっぽりと収まった身体から規則正しい鼓動が伝わって来る。
(今はさっさとここから撤収するのが先決ね)
この子が起きようが起きまいが、私が心配する事はなにもないのだ。
ただ一つの気掛かり以外は。
ランドセルと端末機と蝙蝠傘を担いで、私は溜息を吐く。
「参ったな……起きてくれなきゃご褒美があげられないんだけど……」




