そして魔女は祈りを捧げる
獣は、つかつかと歩み寄る私を黙って見詰めている。
「……そして、彼らを惑わした悪魔は火と硫黄との池に投げ込まれた……そこは獣も、偽預言者もいる所で、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受ける」
黙示録の一節だ。
既に彼の思念の糸は途切れ、顔はどこか弛緩を始めていた。
「……ウゥ」
私が獣の前に立つと、低い唸りが聞こえた。
もしかすると、彼は今、私から硫黄の匂いを嗅ぎ取っているのかもしれない。
それは、アンソニーの言う通り、人間の脳の作用が引き起こす幻覚なのかもしれない。
あるいは、本当に魔の者となってしまった私が放つ、正真正銘の地獄の匂いなのかもしれない。
だが、どちらにしても、ここが地獄である事に変わりはないのだ。
「ウ……ゥゥ……」
獣人は、もう一度弱々しく唸った。
その瞳に映り込んでいる自分が、まだ人の形をしているのか確かめる前に、私は剣を振り上げていた。
「たぁぁぁッ!」
打ち落とされた獣の首は、二度三度、床を出鱈目に跳ねて止まった。
毛むくじゃらの胴体は、まるで子供に千切られたパン菓子人形のように、呆気ないほど簡単に床に転がる。
思わず私は十字を切っていた。
誰のための祈りなのかは分からないままに----。
(本当にこれで良かったんだろうか……)
私が振り向いた時、モルガナの姿は掻き消え、あとには倒れた少女と端末だけが残されていた。




