逡巡
『バ……バケモノ……ッ!』
悲鳴のような思念が、不意に私に流れ込んで来た。
(そうだ、あの一匹が、まだ残ってたんだ……!)
口元を私の血で濡らしたままの獣が、無傷の状態で立ち尽くしている。
見開かれた真っ赤な目が、私を見ていた。
『オマエタチマジョ……バケモノ……ッ!』
残った理性の全てを絞り尽すようにして、獣人は、私に怒りを伝えようとしていた。
『オマエタチヲ、ユルサナイ……』
『はじまりの魔女』は僅かに目を細めた。
絶命したばかりの肉体から立ち上る酸鼻極まる臭いの中、まるで香を愉しんでいるかのように。
『マジョ……ミンナ、ジゴクへ、オチロ……!』
涙を浮かべた真っ赤な目は、怒りと恐怖に満ちていた。
『バケモノ……!』
幾千となく投げ付けられてきたはずの言葉を、今の私は否定できない。
獣にされた人間と、それに対峙する私のどちらが『人』なのか、考えれば考えるほど、分からなくなっていた。
(いや、余計な事に気を取られるな……今は彼の確保だけに集中すればいい……)
そう、確保してラボに引き渡すのが、私達の任務だ。
ラボに引き渡したその後は、私の与り知るところではない----。
(本当に、そう言えるの?)
彼の行く末は、この私がよく知っているではないか。
『人』ではなくなってしまった自分への恐怖と嫌悪を抱きながら、いつ訪れるか分からない死を希うだけの日々を過ごしてきたのは、この私なのだから。
自らの意思に反して魔道に堕とされた者の末路を、誰よりもよく知っているのは、この私だ。
『ヴゥゥゥッ、タノム……コロシテクレ……』
これほどまでに苦しめられなければならない罪を、彼は犯したのだろうか?
私は剣を強く握り締めた。