目覚めよと呼ぶ声が聞こえ
魔獣の唸りは、いつしか、切れ切れだがはっきりと意味を持つ言葉に変わっていた。
『タノム……』
ごぽごぽと水音が混じる唸りに、ともすれば隠れてしまうが、それは確かに人間の男の声だった。
『シナセテ……シナセテクレ……』
念話と称するには未発達な、思念に思念をぶつけて来るような粗削りなものだが、しかし理性はまだ十分に残っている人間の----。
(そうか! もしかしてこの獣を作ったのは……!)
びくとも動かなかった顎から力が抜けているのを感じ、私はそっと腕を引いた。
喰い込んでいた牙が抜けて夥しい量の涎と血が飛び散り、私の半身が斑に染まる。
『クルシイ……ハヤク、シナセテ……』
「貴方、魔女に会ったわね?」
魔女、という言葉を出した途端、獣人は目に見えて怯えだした。
『ヤ……ヤメロ……! コワイ……クルシイ……!』
赤い目から涙を流し、弱々しく首を振るような仕草までしている。
『モウイヤダ……!』
(やっぱりそうだ!)
目の前にいる私やメリッサにではない。
それより前に会った魔女に対して、魔獣は恐怖している。
私は確信した。
敵が狙っていたのは、この瞬間だったのだ。
魔女モルガナの魂が元素拘束を解かれ、無防備になった瞬間を----。
(しまった! コイツは囮だったんだ……!)
考えるよりも早く私は魔獣から身を離し、フルンティングを構える。
身体は相変わらずフラフラだが、頭はなんとか戦闘態勢に入っている。
というより、何が何でも入ってくれないとこの状況はマズイ。
(あと何匹潜んでいるんだろう……四匹……いや、五匹……?)
アックア・デッラ・マリア薬局のカウンターに置いてあった新聞を、私は思い出そうとする。
探し人の広告と、その上に小さく載っていた連続行方不明事件の記事。
そして、この礼拝室に繋がっているであろう地下通路の存在----。
なんとも趣味の悪い作戦だ。
だが、思い当たる魔女が一人いる。
「……だけど、それよりも先に、本命を片付けないとね」
両手で構えた剣の重さを確かめて、私は無理矢理微笑んだ。