fragment 11
「覚悟はできてるのね?」
魔女の声は、どこまでも静かで優しい。
「死ぬべき運命の者を助けるには、それなりの代償が必要なのよ?」
「……だからそれは……僕の命で……」
魔女はゆっくりと首を振った。
「死を逃れるという行為は、本当なら人間には絶対に不可能な事なの……分かるでしょ?」
そうだ。
その通りだ。
こんな事、できる訳がない。
いや、してはいけない。
その、神様が許してくれない行為を、僕はこれからしようとしているのだ。
「今ならまだ、引き返せるわよ」
どこからか、微かに硫黄の匂いが漂って来る。
それは、四方からゆっくりと僕を囲み、包み、僕の中に入り込もうとしている。
僕の目の前に、地獄が大きな口を広げて僕を待ち構えている----。
魔女は尋ねているのだ。
僕に、その覚悟があるのかと。
世界の理に背く事は、すなわち地獄に身を投じる事に等しいのだから----。
「それでも……お願いです……ッ!」
僕は子供だった。
あまりにも子供だった。
「姉上は、僕の……うぅ……っ、ぐす……ッ、大事な、ひと……だから……っ!」
泣きじゃくりながら、言っている事だけは精一杯大人の真似をして。
「だからッ、絶対に、助けたいんです……ッ!」
子供故に、この世界の理に背く代償が、死よりもずっと恐ろしくて苦しいものだなんて、知る由もなかった。
だからこそ、僕は魔女に答えてしまったのだ。
「お願いします! 姉上の命の代わりに、僕の魂を差し上げますから……!」
「……いい子ね」
魔女は、フッと笑ったように見えた。
「その言葉を以て、私との契約としましょう」




