柘榴の味は
「ほら、これが欲しいんでしょ?」
私の指先の血を見た魔獣が、舌なめずりをする。
「そうよね……あのちびっこ魔女なんかよりは、ずっと美味しいと思うわよ」
血はゆっくりと滴り、柘榴の種皮のように昏く輝く滴となって----床に落ちた。
次の瞬間、魔獣の身体を覆う剛毛がブワッと膨れ、籠った体臭が熱と共に放たれるのを感じて、私は息を呑んだ。
(……来る!)
ガチ……ンッ!
腰を屈めて横に跳んだのと、真上で牙が噛みあう音が響いたのが、ほぼ同時だった。
「ガウッ! ワウ……ッ!」
再び魔獣が飛び掛かって来る。
『カーラ! あとどのくらい待てばいい!?』
手にしたランドセルで咄嗟に牙を防ぎながら、私は石棺の陰から顔を出しているメリッサを確認する。
少女の白い顔は、これまでにないほどに真剣だった。
『グラマー域が使用可能な状態になるまで、残り13秒です……12……11……』
(良かった! あと少し……あと少しの我慢だ……!)
だが、私の頭に飛び込んで来たのは、少女の思いもよらない言葉だった。
『ねえ! 今からそっちに行くから、そのランドセルちょうだい!』
『行くって……え……!? ちょっと待ってよ、それじゃ私が動けな……』
しかし、命令は無情に続く。
『それと、今回は生け捕りにしなきゃいけないんだって、だから、ちょっと痛いけど我慢してて』
『え……ッ、えぇ……?』
だが実のところは、私は少女の命令を十分に理解していた。
「グルルッ! ガウッ! バウ……ッ!」
ランドセルに鼻先を殴打されながらも、魔獣はなんとかして私に牙を立てようと懸命になっている。
人間でも魔女でもない私の血と肉は、どうやらそこまでしてでも味わいたいと思わせる、異界の者達にとっては甘美極まる味らしいのだ。
だから、私は、この獣に喰われなければならない。
少女の攻撃準備が整うまでの囮として、血肉を与えなければならない。
それが、私の、昔からの役割なのだ。
『……5……4……3……』
『大丈夫……ちゃんと私が治してあげる』
「ガルル……ッ!」
少女の言葉が終わる前に、私の首筋に灼熱が走った。




