傷の記憶
『姉上……ッ!』
聞こえたのは、ここにいるはずのない少年の声だった。
まだ幼さの残る悲痛な声。
残さないで欲しいと必死に訴えかける、愛する者の声----。
それは、引き裂かれた傷の痛みよりも強く、深く、私の全身を貫いた。
(今のは……マヌエル……!?)
『……カーラ、もしかして今何か言った?』
『いいえ、今現在では特にお伝えする事はありませんので』
抑揚に乏しいAIの声で私は冷静さを少し取り戻す。
『ごめん、気のせいだったみたい』
だが、聞き間違うはずなどない。
(マヌエル……でも、どうしてこんな時に……?)
「……ガゥゥ……ッ……」
抉られたばかりの傷のその奥がひどく疼いて、私は思わず胸元を押さえていた。
「グルルルル……ッ」
だが、今この瞬間も、獣の唸りと生暖かい息は私に向けられている。
血の匂いに興奮が増したのか、黒い獣の呼吸は明らかに荒くなっていた。
「グルル……ッ、ルルルッ!」
もう、食欲をどう満たすかしか頭にないのだ。
その禍々しい瞳には、私しか映っていない。
ぴちょ……ッ。
私はブラウスの裂け目に指を差し入れ、胸元を濡らす血を掬った。
闇の中でも、はっきりと分かる赤は、まだ熱く、鮮やかだ。




