fragment 9
(どうしよう……僕……魔女と、口をきいて……!)
老園丁の言葉を思い出した時には、既に遅かった。
僕は魔女に願いを聞かれ、まんまとそれに答えてしまったのだ。
(もうダメだ……!)
身体の奥から込み上げて来た恐怖が、小さな漣のようになって指先を震わせ、唇を震わせる。
(終わりだ……僕は、ここで、この魔女に食べられちゃうんだ……!)
やっぱり、魔女は魔女なのだ。
話に聞いた通り、恐ろしい存在なのだ。
魔女は、優しくて綺麗な姿をして----森に迷い込んだ子供を食べてしまうのだ。
一瞬でもその恐ろしさを忘れて、泣いて縋ってしまった僕は、もう、逃げられない。
カタカタカタカタ。
それが、歯が鳴っている音だとしばらく気が付かなかった。
僕の頭も、身体も、全部が魔女の前で震えている。
「あ……あの、やっぱり僕……っ、た……食べられちゃうんですよね……?」
もう何を言っているのか、自分でもよく分からなくなっていた。
「それでもいいです……っ、僕の事は、食べてもいいですから……だから、あっ、姉上を……ッ、姉上だけはッ、助けて欲しいんです……!」
姉上の傷から流れる血で、多分、僕は服の下までべっとりと赤く染まっているのだろう。
普段の僕だったら悲鳴を上げて逃げ出しているような、鮮やかな、命そのものの赤に。
でも今はその感覚だけが、姉上がまだ僕の所に留まってくれているという最後の証のような気がして、その熱が、狂おしいほどに大事に思えて----。
だから。
怖いのに。
怖くて堪らないのに。
震えながら僕は魔女に頼んでしまったのだ。
「お願いです! 僕の命と引き換えに……姉上を助けて下さい……ッ!」