Shall we dance?
『状況は?』
私の問いに、間髪入れずにカーラが応答する。
『申し訳ありません。グラマー域の確保はできているのですが周辺磁場に乱れが発生しているため、現在ラボにて必要領域の面積を再計算中です』
『あー……とりあえず、分かった……分かったわよ』
相変わらず、言っている事の半分も意味が分からない。
(さて……どうしよう……)
分かるのは、石柱と石棺に囲まれて剣を振り回して鬼ごっこをするには、この礼拝堂はいささか狭すぎるという事ぐらいである。
「グルルル……」
やはり少しは警戒する頭があるのか、私に向かって怪物はずっと唸り続けている。
だが、その口元から垂れている涎の量は、さっきよりも格段に増えていた。
(だから犬は嫌いなのよ……)
眉間の皺がより深く刻まれたのを感じながら、私は小さく舌打ちする。
(躾がなっていない犬は、特に……ね……!)
「グルルルルッ……! ウォォ……!」
間違いなくこの獣人は飢えている。
飢えているし、そのうえ食欲という本能に忠実だ。
そう、柔らかくて美味しそうな獲物の姿が消え、代わりに剣を持った妙な女が出て来ても、今度はそっちを追い掛け回すようになる程度には----。
「ワンちゃん、アナタのお相手は私よ……!」
私が叫ぶと、
「オォォン……!」
ジェヴォーダンの獣はそれに応えるかのように、大きく裂けた口を開き、咆哮する。
「ほらっ、こっちに来なさい……!」
メリッサとは反対の方向に私は走り出した。
「ガルル……ッ、ガウゥッ!」
獣人もすぐに吠えながら追い掛けて来る。
初めに見せていた、どこか警戒する素振りも、今は全くない。
ただ本能に引き摺られるようにして獲物を追い掛け、剣を見せられるとたじろいで速度を落とし、下ろされると再び勢い付く----その繰り返しだ。
(やっぱりこの感じだと、ただの使役獣か……知能はゴーレム並みで、身体能力だけ箍が外されている……)
珍しくもない低級魔獣だと判断し、私は出番のなさそうな剣を握り直す。
(よし、この調子で時間を稼げれば……)
そう思った矢先だった。
「バウゥゥッ!」
頭のすぐ上で、生暖かい涎が糸を引いて四方に飛び散った。
「……っ!?」
魔獣が、一気に跳躍して来たのだ。
とっさに身を屈めて逃れる事ができたものの、黄ばんだ牙が並ぶ頑丈そうな顎が、私の頭を丸呑みしてもまだ余りあるほどに大きく開かれていた。
硫黄の匂いの息が、顔に掛かる。
私はゾッとする。
メリッサが噛み付かれたらひとたまりもなかった。
そしてそれは、もちろん私も同じなはずだ----。
距離を取ろうとした次の瞬間、胸元を毛むくじゃらの腕が掠めた。
「あ……!?」
今度は避けきれなかった。
上衣とブラウスが一瞬で引き裂かれる音が、やけにはっきりと聞こえた。
(しまった! 思ってたより身体が鈍ってる……!)
痛いというよりも、焼けた火掻き棒を押し当てられたかのような感覚に皮膚を貫かれて、私は目を見開いた----。